2009/05/21

白髪ツツジ

おしごと祭りが終わって
ヒマになるかと
気を緩めていたら、
緩めすぎて仕事たまった。

レギュラーワークの巻き返しが。

ゆうべはねぶすぎてダウン。
お昼ごはんが17時、
そのあと晩メシまで寝るってゆって
そのまま爆睡。
今朝5時起き。
そしていま最高にねぶたさが
ぶり返してきているが、
週末また遊びたいので
働かなければいかんが、
しかしこんなものを書いている始末。


さいきん、とみに物忘れが激しくなって
困りんこ。
寝る前とかにカノジョと雑談していて
「~~はなんで?」
「~~ってどういう意味やろ?」
というような些細な疑問が
噴出したときに
翌朝調べようと思って
ひとまず寝るのであるが、
目が覚めたらすっきり忘却の彼方に
いるのである。

で、疑問を持ったという感情だけが、
さざなみの化石のやうに残つてゐる。
それさへも忘れてしまへば
労はないものだらうが、
妙にしこりのやうに感じて困りんこ。

なので、折々に書きとめてゆくことを
カジュアルに決意。

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2008/12/27

サンタさんは来なかった

月曜日からずっと3時就寝で、
しかも5時起きとかで、
平均すると毎日3時間も寝てねえな、
というような
わけのわからない状況が
数日続いており、
心身ともにボロ雑巾のようになって
きのうようやく仕事納め。

そのまま忘年会シーズンに突入。

初めて「ウコンの力」なるものに
手を出した34歳の冬。


きのう午後に仕事が終わって
おふとんひいてもらって爆睡してたら
午後6時にケータイが震えた。

相手はと云うと
おしごと先の発注元の
建築で云えばゼネコン的位置づけの
みなさんであり、
プチ納会に誘っていただき。

プラカラーで云うと
ガンメタル並みに
ギラギラと濁った思考で
とてもねぶたい旨を告げ、
いっぺんは断るも
この不況の折、
誘っていただけるだけでも
ありがたいと思いなおし、
いそいそと着替えて部屋を出たのが
午後9時。

そっからひさびさの酒を満喫、
韓国料理→バーという流れで
朝4時まで飲んで、帰ってまたも
おふとんに沈む。

きょうはもう仕事は
誰かに会うとか
決まったスケジュールはないので
正午頃にようやく起きて風呂入って
カノジョと近所のジャスコの
「ポムの樹」に
蟹海老マヨネーズトマトソースオムライスを
食べに行ってきて
そんで今。

5時半から仕事先の謂わば
工務店の忘年会。

疲れております。


いままでにもたしか
経験があったような気がするが、
そんなわけでクリスマスイブ、
クリスマス当日を
仕事漬けで過ごしました。

別に何か特別なことを
したかったわけじゃないけど
ひとり周囲の幸福感から
取り残されたようで
ちょっぴしの喪失感を抱えております。

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2008/12/08

摂氏零点五度の黄金

日曜日の朝、
夜明け前に起き出して荷物をまとめ、
北へ向けてクルマを走らせた。

少しずつ青みの薄れてゆく
空を眺めながら、
銀色の輝きに染まる淀川を渡り、
新御堂筋のドンツキをめざす。

FM802の女性DJが、
今朝はこの冬いちばんの
冷え込みを記録していると、
なぜか少し弾んだ声で報告していた。
「ただいまの気温は大阪で0.5℃です」

その一言を聴いたら
ますますさぶくなったように感じて
ワタクシは運転席の上で
身体を縮こまらせた。

12月に入って、
世間では師走なんていって
誰もかれもやたらと
忙しくしているようではあるが、
ワタクシはなぜかその逆で、
それまで月に一日休めるかどうかという
スケジュールだったのが、
急にゆとりが出てきたのであった。
どうも周りが誰もかれも忙しすぎて、
ワタクシにまで構う余裕が
なくなってしまったからかも知れない。

ちがうか。

ともあれ、そんなわけなので、
久しぶりにトライアルに勤しむべく、
友人との待ち合わせで
秘密の練習場がある
谷あいの川辺へと
向かっていたのであった。

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2008/09/15

秋刀魚よ今夜も有難う

ぽっかりと時間が空いたので
ブログなんぞ更新する。


気がつけばもう9月も
半月過ぎていて
ココロの底からタマゲタ。

とかいう
「時間が飛ぶように過ぎ去る」
感覚を、誰に話すかと云えば、
共通の話題が
両者の間にほとんどないか、
或いは相手に全然
興味が持てないような
そんな場合に
口にしていることが多い。

ような気がする。

そしてワタクシは
どうゆうわけか
そういうシチュエーションが
かなり多く、ことあるごとに
そんな当たり障りのない
コメントを洩らす
誰にとってもおおかた
つまんない野郎である。

そしてこのブログという場でも
そんな紋切り型の書き出しに
なっちゃっていることに
ある種の居心地の悪さすら
感じるが、でも
書いちゃっているんだから
やんぬるかな、である。

だってほんまにそう思うねんもん。

最近のワタクシは四六時中
「季節」のことを考えている。
それはもう気持ち悪いくらいに。
繰り返しくりかえし
確認せずにおれないのだ、
いまという季節を。

だってうかうかしてると
過ぎ去っちゃうからね。


今もよ。

締め切りのある仕事をしてるからか
どうもそのゴールばっかり見てて
通ってきた道を
ゆっくり眺めない毎日だ。

これではあかんと思うのである。
あかんあかんと思うのである。

で、今ささやかな挑戦をしている。

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2008/08/27

速度と距離

甲子園のテーマ「栄冠は君に輝く」
だったっけ? のサビ部分で
かえうた。

あー税関だ 積み荷が麻薬♪

こんなことこんな時間に
書いていることからもわかるように
今週わりとヒマである。

ほんとうは潜在的にいくつか
〆切が近づきつつある仕事があり
それを先行して仕込んだって
何の罪にもならないのであるが、
しかしワタクシはもともと
自他共に認める怠け者であるので、
あえてそんな勤勉な態度を
とることはしまい。


さて、きょうはつれづれに
っていつも
つれづれずれずれだけど
思うことを書く。
それも今回かなり理屈っぽく。

明るく楽しくややこしく、が
モットーである。


それは、ワタクシを取り巻く
ある速度と距離についてである。

ひとつめの「速度」は
単純化して云うと
情報の速度っていうやつ。
といってもMbpsとかそうゆう
数値化できるもののことではない。

数値化できないので、
あらゆる学問の素人としては
どうなってるんやろうかなああと
思うことでもある。

たとえばバンドが
ブレイクする速度とか、
グラビアアイドルが全国区に
登りつめる速度とかも
いまから述べる
「速度」なのであるが、
自分の心にある種の情報が
届くまでの速さ、
時間のかかり具合とでも
考えてもらえばいいだろうか。

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2008/08/25

釣り人よ2008

日曜日、徹夜で釣りに行ってきた。


こう書くと物好きにも
夜釣りなぞ繰り出して
黒くうねる海面のその下の
眠ることなきワイルドな海の生態と
真っ向から対峙すべく
逸る心を抑えつつ
じっと静かに
釣り糸を垂れていたのかと
誤解されるかもしれないが、
これが違う。

ワタクシ、釣りは初心者である。
ドのつく素人である。
むろん夜釣りなど計画するほど
のめりこんではいない。

ではどういうことかというと
予想がつくことかと思うが、
徹夜仕事のあと自宅に戻って
一時間としないうちに
タッチ&ゴーで早朝釣りに
遊びに行ってきたのだ。


そもそもなんでそんな強行軍で
釣りに行ったのかというと、
もともとこの日曜日は
懇意にさせていただいている
バイク屋さんの、
月イチのイベントで
明石大橋のたもとでの
堤防釣りに
行く予定だったのだ。

釣りは、個人的にハマる機会がなく
この歳に至ってはいるが、
しかし自分の食べるものを
自然界から狩猟形式で
手に入れることが
できるという観点では、
現代において貴重な、
オトコの本能を
刺激する趣味であると思う。

短く云うと、
ときどき行くのは大好きである。
遊び倒してその結果、
首尾よくいけば
メシにありつけるからだ。

だが自前ではじめてしまうと
きっとなんでもカタチから入る
ワタクシの場合
お小遣いがそのうち
足らなくなってしまうのは
火を見るより明らかなので
自重している次第だが、
しかし誰かに装備一式
貸していただけるとあれば
二つ返事でGO、なのであった。

なので
我ながら酔狂としか
云いようがないが、
徹夜明けだろうがなんだろうが
釣りに行ってきた。


以下、その顛末。
事の起こりはそもそも
金曜の夜くらいからであった。

予定通りに仕事が
進まないのであった。

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2008/07/08

失われた水無月

あづい。否応なしにあづい。

きょうでこそ「土砂降りかと思えば
かんかん照りで」という
「おおスザンナ♪」の
日本語詞を髣髴する
奇天烈ウェザーであるが、
しかしここのところずっと
肌を灼く陽射しから逃げまどう毎日で、
自転車に跨って信号待ちのときなど
とっさに日陰を探して
ハンドルを捩じるのさえもどかしい。


そもそも個人的には、
何ら気持ちの準備などないまま
にわかに真夏に
突入した感があって、
ただもう狼狽するよりほかない、
といった心境なのである。

思えば半年以上の長きにわたり、
ワタクシは責任ある大きなおしごとを
抱えており、
そのリミットが七夕前日、
7月6日であった。
そのため6月ともなると
ほぼ毎日
仕事先の窓のない部屋に
籠りっきりであったのだ。

そうなると部屋へは
文字通り寝に帰るだけ、
陽射しを浴びないこともしばしば、
そこへもってきて
その部屋は
パソコンの発熱対策のために
冷房が終始働いているから、
日に日に高くなる外気温にも
気づくことがなかった。

ようやくその仕事が
結実しようという
数日前の夜、
朦朧としたアタマで
ワタクシはテレビの画面に
夏のバーゲンのCMが
流れているのを見て
愕然としたのだった。

夏。

さらに云えば、人生自体が
加速しているのかもしれない。
つい最近だったはずの出来事が
軽く2006年だったりするもの。
あ、あのドラマって放映されたの
おととしだっけ、的なことが
しょっちゅうで、
それは正直おそろしい。

この越してきて間もないと
自分では思っている部屋にも、
すでに半年住んでいる計算になる。
風呂なんかその間20回くらいしか
入っていないという実感だけど
そんなわけないようである。

いずれにせよ、
いざ夏の到来を知ったのは、
おそらく一週間ほど前に過ぎず、
そこからはあっという間だった。

気温も連日真夏日を超え、
窓を開け放って寝ていても
寝苦しい。
ふとんには水たまりのような
汗の染みができる。

いまのワタクシの
最大の関心事はというと
いかに猛暑を快適に生き延びるか、
これに尽きる。

だってエアコンがないのだもの。

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2008/05/21

ナンホック号の最期

寝れないくらい忙しい、というのが
修辞でもなんでもなくて
ごはん食べるヒマもなくて
ちょっと顎とかスリムになって
これはこれでいいんじゃないかと
ポジティブに考えたい
5月のひととき。

じゃあブログなんか書いてる
ヒマあるわけなかろうと
そうゆうご指摘もごもっともで
あと15分でまた
出かけねばならぬのだ。
今朝は5時起きで
すでに一仕事終えて、
小一時間だけ戻ってきたのよね。

仕事場の近くに住んでて
よかったわ。

この忙しさがもっと社会貢献だとか
環境保全だとかに役立てば
胸を張っていいのだろうが、
いかんせん虚業の哀しさである。
地上50階の高層ビルディングの
ヘリポートに立ったり、
外国人旅行者に話しかけたり
とかくもうがちゃがちゃと
凹んだ空き缶の転がるように
暮らしており。

そんな中、ある徹夜明けの朝。

夜半のうちに吹き荒れた
春の嵐も過ぎて
雨水も舗道のタイルにすべて
沁み込んでしまったそんな朝。

急ぎの用があって
仕事場の外に出て
我が原動機なし自転車
「ナンホック号」に颯爽と跨り
すわ出ようとしたらば。

あろうことかやつは
その場で立ったまま
静かにこときれちゃっていた。

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2008/05/04

鴫野ベイべー

春でお脳がぬくいので
ひさびさに替え歌。
城東区の「ツイスト&シャウト」
聴いてください。

いや、読んで想像してください。

関目ベイベーちゃう 鴫野ベイベー♪
放出ちゃーう 鴫野ベイベー
蒲生四 蒲生四 蒲生四ベイベちゃう 鴫野ベイベー
放出ちゃーう 鴫野ベイベ♪

それだけ。


連休のぬるい空気と
ゆるんだ体内時計のネジのせいで
仕事が全く捗らないよーう。

週明けからまた
おしごと祭り再開なのに。

もっか全力で逃避中。

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2008/05/01

水色の段ボール箱

どんな小さな螺子でも
気づかないうちに
ほろほろ錆びている。
どんな華奢な葦でも
根元をくすぐる川の流れは
絶えず入れ替わっている。

そんなふうにして、世界。


きのう、午前中何も
とりたてて用事がなかったので、
そうだこういう日にこそ、と、
ずっと気がかりだった物を
処分することにした。

缶スプレーである。

何を隠そう、ワタクシは
青春時代よりなぜか
色を塗るということが大好きで、
考えれば10年近く
缶スプレーを愛用していたのだ。
何を塗るのかと云えば、
端的に云って
プラモかバイクなのだが、
小さいものは
1/100プロトタイプガンダム、
大きいものはオートバイの外装、と
わりと本格的にスプレー塗装を
趣味として
たしなんできた経験がある。

それも、きちんと下地の
プラサフから吹いていって、
重ね塗りして、マスキングして、
パールを吹いて、水研ぎして、
仕上げにウレタンクリア、
などという域にまで
ついつい手を出してしまっていた。
まあご存知の方も多い
事実であるが。
上記のごとくいろいろ
専門用語が出る感じから云っても
わりと気持ち悪い青春だったのだ。

缶スプレーというものは、
云わずもがな、
コツをつかむと
筆塗りとは較べようもなく
きれいに塗れるものなのだが、
餃子の皮と同じで、なかなか
きっちり使いきることができずに
余らせてしまうという欠点がある。

そして余ったらなかなか捨てにくい、
というのが二重の欠点である。

もちろん容器自体は空き缶として
捨てればよいわけであるが
(自治体により違うかも知れませぬ)、
そのさいには中身を出しきって、
さらに千枚通しか何かで
側面に穴を開けてガスを抜き、
万が一の破裂などがないように
せねばならない。
そういった煩雑な
無力化の作業が必要なのである。

そしてワタクシは強烈な
面倒くさがりなのであった。

中身を抜いて捨てる、などという
殊勝なことは
ほとんどしないまま、
かといってそのまま
そ知らぬ顔をして捨ててしまう
傲岸不遜・傍若無人さもないまま、
ただくさいものに蓋をする感じで、
今まで使った
缶スプレーの余りを
ずっと貯めこんで、隠しこんで
暮らしてきた。

ここ10年以上も。
逃げてきた。目を背けてきた。
忘れようとしてきた。
そしてわりと
ほんとうに忘れていた。


いい加減それを
捨てなければならない、
いくらなんでも
何年も心の片隅に
隠しておくことはできまい、
と、昨年末の引越しの際に
捨てる決意を固めたのであった。

時は流れてGW。
ようやくそのときがやってきた。

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2008/04/28

裏目の休日(何とか解決編)

我々は、とゆうか主にワタクシは、
ようやく目的地へ走っているとゆう
実感のなか、
ワインディングを右へ左へと
切り返し続けた。

さすがに阪神方面の
走りのメッカ聖地なだけあって
ツナギな本気ライダーや
休日のツーリングを楽しむ
ビックバイクのオーナーなどとも
頻繁にすれ違うが、
こちらはあくまでマイペース。
飛ばさないのが楽しいバイクであるし、
そもそも個人的に
ワインディングが苦手。

それに、だ。クルマもけっこう
走っていて、ペースはそんなに
速くないのである。

やがて右手前方に
めざす目的地のひとつ
森林植物園が見えてきたが、
ここはいったん通過。
さらに六甲山牧場を目指す。
そこのレストランで
何が食べられるか
ぜんぜん予備知識はないが、
ともかくもそこまでたどり着けば
飢えはしのげるのである。

なんでこんなサバイバルに
なっているのか判らないが、
それでもマシンを幾度となく
右へ左へとうねらせてゆくと、
ようやく、六甲山牧場はそこに
嵐の中のラピュタのように
姿を現した。

メシ。
おなかの空いた二人は
とるものもとりあえず
レストランへ。

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2008/04/27

裏目の休日(風雲編)

前回よりの続き。


しかしワタクシは、このときも
なぜか余裕であった。
まるで身体中の
危機感とゆう感覚が
すべて麻痺したかのような、
なんにも深く考えられない
精神状態であったので、
自分たちの昼メシがないことも、
ほっとくとガス欠になって
帰れなくなるかも知れないことも
とりたてて不安に思わなかった。

が、カノジョが。

ちょっと冗談ではないですよ、
あなたのふわっとしたノリで
ピンチに立たせないでください、
怒りますよ、
とゆう眼差しでこちらを見ていたので、
すわ安全策をとることにする。

現在地は唐櫃トンネルの手前、
すでに六甲山トンネルを潜って
目的地のかなり北東にいる、
と地図の読めるオトコである
とワタクシにはわかった。

ここから引き返して
ワインディングに向かっても
ガス欠による沈没の公算が大きい。
まず箕谷方面に向かい給油して、
そこから六甲山の西側に
トラバースして
再び東向きで森林植物園、
そして六甲山牧場を
攻める作戦である。

もともとの倍以上の
距離になっているが、
やむを得まい。

さいわい、たどった道のすぐ先に
ガソリンスタンドはあって、
我々は危機に陥ることなく
給油をすませた。

これで当座は少なくとも
移動だけは
確実にすることができる。

あくまでうららかな日差しの下、
ぶいぶいバイクを走らせる。
迷っちゃいるが、しかしこうして、
見も知らない土地を
通り過ぎるのは
旅の風情があって楽しい。

と、ワタクシは
あくまで暢気であった。

時刻はすでに午後1時。

しかし位置確認のために立ち寄った
コンビニで、あきらかに
さっきより不機嫌になっている
カノジョの表情を見てビビった。

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裏目の休日(裏目連続編)

さっきの続き。


朝、仮面ライダーキバと
プリキュア5を見ながら
ワタクシが導き出した
春のうきうき
日帰りツーリングプランは
こうであった。

まず、神戸は六甲道の
おいしいソーセージ屋さん「MK」で
おいしいサンドイッチを買う。
続いてそのまま
六甲山方面へ北上し、
六甲山牧場をひやかした後
神戸森林植物園にて
陽だまりの草木の中で
おいしいお昼ごはん、
その後ゆっくり
語らいと午睡のひとときなど経て
新緑のワインディングを
満喫しつつ帰宅。

にわかに思いついたわりには
これはいいプランに思えた。

なにより肝腎なのは、
1)暖かな陽射しの下
2)広い芝生で
3)美味しい昼メシ
という、当初の
万博おにぎりプランの
根幹となっている要素が
ひとつも損なわれず
内包されていることだ。

それでいて、
実は行ったことのない
六甲山にも行くことができる。

最高のプランに、
このときは思えた。

午前10時、SR400「G」に火を入れ、
一路国道2号線を西へ。
休日のせいか、あるいはそもそも
慢性的なものか、道は
けして空いているとは云えないが、
それでも11時30分には
お目当ての「MK」に到着。
ここまではまあ至って
快適であった。

しかしここから裏目が出はじめる。
それもかなりの高確率で。

まず、買おうと思っていた
サンドイッチが
ぜんぜんなかったのよね。

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裏目の休日(前おき編)

ときに人には、
やることなすことすべてが
自分の目論んでいる結果とは逆の、
所謂「裏目」の成り行きとなる日が
あるのかも知れない。

それはたぶん単なる
思い込みかも知れないし、
あるいは
さまざまな何万分の一の偶然が
なぜか重なりあう期間が
ある人物の身の上の
24時間に集約された、というような
そんな小さな確率論上の
負の集積なのかも知れない。

いずれにせよ、
きょうのワタクシの一日は
最悪に最悪の裏目を積み重ねた、
というほどではないにしても
かなりの裏目続きの日であった。

ここにその一部始終を記す。
脚色も演出もない事実である。


きょうはワタクシの
4月に入ってはじめての、
完全な休日であった。
とかってゆってもうすでに27日だが。

もとより世間様のカレンダーとは
縁のない生活である。
この男の人こんな平日に
こんなとこで遊んではって、
仕事何してはんねやろ、という
怪訝な眼差しを向けられること
しょっちゅうの暮らしであるが、
たまさかゴールデンウィークの
最初の日に休みが取れた。

えらそうに云うが10年前は
毎日日曜日だったオトコである。
この落差に自分でも戸惑うが、
それはまた別の話。

実はワタクシ、GWに弱いのである。

クリスマスもバレンタインも
あんまり拘泥しないけれど、
自分が享受できないとなると
いちばんこたえるイベントが
GWなのだ。

この春の絶好の季節に
まとまった休みを取って
あれこれしたい放題できるという
まさに黄金の日々。

毎日ヒマしていた頃には
その値打ちはまるで判らなかったが、
今となってはその価値はでかい。
こんなに世界が輝いている季節に
何ひとつしたいことが
できないとなると、
かなり精神的痛手を
こうむってしまうのである。正直。

で、きょうは天気予報でも、
気温こそ上がらないが
一日好天に恵まれることが
予測されていた。

これは遊ばなくては損である。

かねてから、時間ができたら
お弁当でも持って
万博公園の芝生広場で
のんびりしたいね、と
カノジョと話してはいた。

いよいよそれを
実行に移すときである。

お弁当は鶏の唐揚げと玉子焼きと
タコさんウィンナーとおにぎり。
ぽかぽかの陽射しの下で
腹いっぱいになったら昼寝。
他に何もしない。
本すらも持ってゆかない。
仰向けに横たわると眩しい空。
いつもは青いはずの空が
こんなに白く眩しいなんて。
そしてうなじにちくちく刺さる
芝生の感触。
周囲の子供たちの歓声。

嗚呼、至高のひととき。

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2008/04/24

疾走と喪失

きょうはお昼からおしごとで、
春の雨音を聴きながら
ぼーっとできる数時間がありがたい。
とかってゆってみる。

周囲よりちょっと
背の高い建物である
この新型ロケットは
そのせいで
雨音が周りの屋根を
叩いて響くのが
部屋の中まで伝わってくる。

なので、
早朝からお出かけせねばならぬとき、
それも屋外でおしごとせねば
ならぬようなとき、
カーテンから洩れる陽射しの鈍さを
感じるよりも早く、
その音を耳が聴きつけて
夢うつつで
「ノー!!」とのた打ち回ったり
することがある。

お天気に左右される
現場だったりすると
そのときの失意はとても激しい。

けれどもきょうは
そんなことないもんね。
お昼からは中のお仕事だもんね。

おひるごはんは
昨夜たくさん揚げた
ミルフィーユカツの残りを
カツ丼にしたろかと画策中。

キッチンがガス3口になって
揚げもんも余裕。

2枚残してあるうちかたっぽ
チーズ挟んじゃったやつだから
どうしよう。
卵でとじんのおかしいよな。
ソースカツ丼にしよか知らん。

てな迷いもまた楽し。

二日続けて更新だが
それはなぜかとゆうと
別段理由もないが、
ふと先ほど思い至って
過去半年分の日記を
読み返してみたらば。

ばばば。

ぜんぜん書いてへんやんけ。

愕然である。
飛ばした月が何箇月かあるうえ、
書き込まれた月もせいぜい
多くて月に2回である。

そしてやたらと
忙しい忙しいと書いている。

これではなんのこっちゃか
わからんのよね。
月日を経て自分自身を
振り返るための道標とゆうか、
なんとゆうかロッククライミングで
喩えると、あのザイルを確保する
金具、なんとゆうのですか
ハーケンですかカラビナですか、
それを打ち込むような作業ですよね、
日記って。
まめに岸壁に突き刺しておくと
万が一落っこっても
あまり高度を下げずにすむとゆうか。

それが現在の体たらくでは
いったん足を滑らせようものなら
100フィートも滑落するような
生き死にに関わる惨事である。

記憶の滑落事故。

だから怖いからまた書いている。
だけ。
ただそれだけ。

見れていないDVDとか映画とか。
読めていない本とか
増える一方である。


おわー。

しっかりせねばならぬのう。

それだけ。

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2008/04/23

忙殺DAYSの春はすぎゆく

なんてこった。もう目と鼻の先に
ゴールデンウィークが
ぶら下がっているじゃああるまいか。

ぬくい。
今これを書いている時点で
もうTシャツだもんよ。

バカンス気取りか。

何だったんだ4月、てな勢いで
激務であった。
手帳を見返してみるとなんと
まだ一日も休みがないのが判って
呆然とする。

それでも呆然とできるだけ
心のユトリとゆうやつはあり、
休みがないと云ったって
仕事をしていない日がなかった、
と云い換えてもいい程度のことで、
ロケハンと称してお茶したり、
抜け出してレイトショーで
「ノーカントリー」を観に行くくらいには
なんやかや遊んでいたので
苦労自慢するほどでもない。

いまだってぼおーっとしてるし。
ま、一段落ついたんだけど、諸々。

思えば大学も満足に出ていないこの
アタマでっかちなスカポラチンキに、
たとえ右のものを左に動かすだけの
言葉のわかる生き物なら
猿でもできるような仕事であれ、
毎日誰かしら何か
与えてくれる環境に
感謝せねばならぬ。


でもけさ、朝のお勤めに向かうとき
5時を回ったくらいで
もうすでに白々と夜が明けていたので
吃驚した。
なぜかあわてた。
こうやって
「笑っちゃうくらいに毎日が
ただもう過ぎてくあっという間に」
なんだろうかと思うと
変に焦るのよね。

とりたてて不満もないけど
だからなおのことかも知れない。

すでに桜は記憶のかなたに散り、
つつじが蜜をためている
今日この頃、
皆さんお変わりありませんか。


この歳になると、とかって
34のみそらで早々
ゆっていいもんでもないだろうけど
しかし最近ときどき
ココロの隙間でどこか
遠くを見晴かしている自分に気づく。

とくに春はなおさらである。

未来の自分は
心地よい風にたなびく
草原の大樹の下で
大の字になり
のんきに缶ビールなど
開けているだろうか。

それとも煤けたコンクリートの天井から
すっと降りてくる一匹の蜘蛛を
ただ独りの友として
傾いだ椅子の背に
ぼんやりもたれているだろうか。

友よ答えは風に吹かれている。

それだけ。
ほかに書くこともないのだ。

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2008/04/04

ココロのキーホルダー

こじゃんと、春である。網膜越しに
脳の内側まで桜満開である。

最近ワタクシとカノジョは、
街中に住んでいることを活かして
半日だけふらりとチャリ漕いで
梅田界隈で映画を観たりするのに
はまりつつある。
春=自転車のシーズンで、
友人から我が相方用の自転車を
譲り受けてほんとによかったと思う
今日この頃である。ありがとさん。

そんなわけでこのあいだ近所の道を
ふらふらポタリングしていたら
素敵な公園を見つけた。
隣接する工場の煉瓦壁が
必要以上にノスタルジックで、
しかも淀川の河川敷に面していて
住宅地の中ながら
開放感もひときわなのである。

桜の頃というわけで、
取材先にもらった茶菓子なんぞ持って
きのう30分だけ
花見に行ってきた。

ら、まだ満開じゃなかった。

なんか日陰なのか
あるいは近隣工場の
何かよくない影響なのか(陰謀史観)
まだ3割ほど咲いているだけで、
半数以上を占めるつぼみには
まだ固そうなものも多かった。

ベストタイミングではない、
とゆうことは
また来れるってことだぜケケケ、
と前向きに考えて公園を後にした。

しかし今週末の雨で
散ってしまわないことを
祈るばかりである。


ところで、この4月という
別れあり出会いあり、
環境の変化激しい季節にあって
なーんも代わり映えしない
暮らしをしているワタクシではあるが、
ささやかな変化を経験した。

このところ
気に入って愛用していた
身の回り品がふたつも壊れたのだ。
手帳に挿しているボールペンと
家の鍵などを束ねる
キーホルダーである。

とっても困っていたのだ。

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2008/02/29

冴えていない大きいアタマと小さいアタマ

冴えた頭でいることが肝腎。
そうワタクシは昨日書いた。

そう書いた矢先に、奇しくも、
そんなことは
全く実践できていないということが
はっきりと判った。

そればかりか、
昨日自分がなぜか
無聊にかこつけて
わざわざ書いた
その記述が思いがけなくも
自らの冴えていないアタマが
きょう引き起こした
てんやわんやの顛末についての
過去からの警鐘であった、
ということにも
なってしまったのだった。

しかしむろんきのうぼんやりと
ディスプレイに向かっているときには
そのことに気づく由もなかった。

以下はワタクシと
カノジョの、あまりに無様な
冴えていないアタマの証明であり、
その失意と落胆の物語である。
自らへの戒めとしてここに記す。

ありていに云うと
お金をなくした。

それも10万円以上の大金を。

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2007/10/28

さくさくコロッケ定食の悲劇

最近、厭な視点から見て、
自分も大人になってもうたんかと
思うできごとにしばしば遭遇する。

それは、怒りとゆうエネルギーの
生まれいずる瞬間である。

青春時代は
外で接する誰もが年上で、
コンビニの店員さんにも
最上級の敬語で接してきた
おぼこかったこのワタクシ。
それがいつのまにか
世間慣れして、
初対面の仕事相手に対して
乾いた愛想笑いや
さぶい冗談を投げかけるのも
平気になってしまった。

乾いてさぶい。
ドライでクールなオトコってことである。

かと思うと、
それがさらにいま、
次なるとば口に
さしかかろうとしているらしい。

誰にでもにこやかな態度を
とれるようになったその次は、
あ、怒ったろうかな
と思ってしまうさまざまな
シチュエーションの到来である。

これ、怒っていいやろうと、
社会生活の一面において
見ず知らずの人であれ
引け目など感じず
カチンときた感情を
顕わにしてしまいそうになるのだ。


怒るのって超カッコ悪いよね。

でも知らない人に
腹立ったりするのである。
何なら面と向かって
文句云えたりするのである。

やだやだ。キモ。
自己修養が足りませぬ。


たとえばこんなときであった。

その日ワタクシはひどく
仕事が滞っていて
髪の毛が逆立つほど
イライラしていた。

一刻も早く何とか次の取材先を
決めねばならぬ。
何しろ明後日ロケなのである。
なのに一軒
ドタキャンされたんである。
二晩通ったのに断られたんである。

あひー。

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2007/08/12

哀しい熱帯夜

なるべく人様に
迷惑をかけないように
生きていきたいと思っているし、
それがオトナの条件でも
あろうとは思うのだ。

なのにだ。


以下、先日の恥の経緯。


8月8日の午前中、
早朝のお仕事を終えたワタクシは
お昼頃まで
おっきなメタボリック電池と化し
放電してんだか
充電してんだか
よく判らない状態で
発熱と膨張をしながら
うだうだ転がっていた。

判りやすくゆうと寝てた。

だってアレだもんよ。
6日にロケして
ぎゃーってその夜中に
つないでんだもんよ。
靴履いたままソファで
1時間寝ただけだもんよ。
でその次は5時起きだろ。

ねぶたかったんよ。

ま、段取り悪いのは
このワタクシのせいですが。

それでも午後からは
のそのそ起き出し、
殺人的な太陽光線が
ピークを超えるのを見計らって
ぴゃーって次の仕事の下見。

灼熱のアスファルトを
アドレスV100沈思黙考号
トリコロールSPLで疾走し、
わりに働いてるし、オレ、と
完全な自己満足に浸る。

真夏のけだるい白日夢さ。
すべてが物憂く銀色に煌くぜ。

いっぺん割れたセトモノを
セロテープで
貼りつけただけのように
ワタクシの思考は
散りぢりの破片で、
どうにか体裁だけニンゲンであった。
しかしそのセロテープも
パリパリして
接着面が乾いてきていた。

ヘルメットを脱いだらポンって
頭蓋骨が割れちゃうぞ。
そっから砂になった脳みそが
さらさらこぼれ落ちるぞ。

遺跡になって
蜃気楼の彼方に埋もれちゃうぞ。


暑すぎるので下見を
1時間で切り上げ、帰還。

やっぱしあんまり働いていない。

そして満を持して夕刻。
18時頃にカノジョのバイク
SR400G(GはじいちゃんのG)を
路上に滑り出させる。

そう、花火大会だよ~。
滋賀人が郷土の誇りとして
毎年楽しみにしている
琵琶湖花火大会。

湖に還ろうとする鮎の
なめらかな背中のうねりのように
青春へとそのココロを遡らせる
火照るような
夜空のページェント。

何を云っているのか判りませんが。

花火大会だよ。

ワタクシと彼女は逸るココロを
単気筒の寡黙なエンジンの
上に載せた。

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2007/07/30

真夏のキーゼルバッハ破裂

前回、ワタクシの頭部がいかに
発熱量の多いい部位であるかを
つぶさにつづったのであるが、
その後のワタクシの体調にとって
これが奇しくも
大いなる前兆ともとれる
記事となってしまった。

というのも。

このところ
鼻血がブーブー出るんだよ。
ところかまわず。

難儀するわー。


最初に出たのは、
仲良くしてくださっている
バイク屋の店長さん宅で
カノジョとふたりで
お夕飯をごちそうになり
その結果飲み過ぎて
厚かましくも
泊めていただくことにして
お風呂まで
借りたときのことであった。

店長とワタクシと
わりと早い時間から
トライアルの日本GPの
録画なんぞ見つつ飲み始め、
最終的にひとりあたま6本ほど
缶ビール350ml缶を空け、
そんなほどよい酩酊状態で
お風呂に入っちゃうことにした。

この時点でもうそれは
自業自得なんであるが、
湯上りに脱衣所で
身体拭いてたら、
ふいに左の鼻の穴から
ダラダラと鮮血。

店長はすでに
横になりお休みである。
情けない声で
奥様を呼んだ33歳。

当惑しつつも、
いくらなんでも全裸では、
失礼に当たると思い、
鼻から流血している状態で
ろくすっぽ身体も拭かずに
パンツだけ穿こうとしたのだが、
これがなかなかむつかしい。

何せ自らの鼻が爆撃機である。
うつむけば即自らのパンツに
爆撃である。
自宅ではないので
勝手も判らず、
ただうろたえながら
顔だけを洗面所の上にかざして
手探りでパンツを穿き、
奥様の救援を待ったのだった。

結局奥様にバスタオルを借りて
鼻血を拭ってしまいました。
奥様、汚してしまって
申し訳ありませんでした。


惨劇は以上ではない。

この不意の鼻血は
おそろしいことに
それだけで
おさまらないのであった。

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2007/07/19

発熱する後頭部

ようやく積乱雲が
湧きあがるようになった空は、
その合い間にのぞく青もまた
濃さをいっそう増してきた。

やばいほど夏到来。

相も変わらず
支離滅裂な日々を送ってはいて、
たとえば月~金で昼夜逆転して
PCに向かいっぱなしだったり、
もう若くないとゆうのに
ワカゾーそのものの仕事ぶりで
我ながら将来を危惧。

まあその件は一段落したのだが、
そうなると部屋には
寝に帰るだけとゆう不毛な暮らしで、
かえって酒が抜けるだけ
いいかってな
ポジティブ思考で
なんとか乗り切ってみたのだった。

しかし寝るとゆうことは
安らぎであると同時に
おそろしくもある。
なぜと云ってその間のおのれの
身体の動きをほぼ全く
コントロールできないからである。

その間じつに他者にとって
不快な存在に成り果てているのを
自覚していないのである。

ワタクシの場合、
おそらくいびきがすごい。
本人は寝ているので
伝聞でしか知りえないが
一族の寝姿から
推測しても判るとおり
それはおそらく事実である。

さらに寝言をよくゆうらしい。
それもわりとはきはきと。
ふだんは逆にしゃべりが
モゴモゴなのに。

この時点でなるべく
雑魚寝とか夜行バスとか
ネットカフェとか
大勢で同室の一泊は控えようと
思ってしまうのだが、
さらにワタクシは
この季節になると三つめの
身体的問題を抱えることになる。

寝汗である。

もともと昼間から
汗っかきではあるのだが、
これがもう一晩で
ありえないほどの水分を
滲み出させちゃうんである。

具体的にどの部分から
発汗しているかというと、
それはダントツに後頭部で、
ピーク時には髪の毛なのか
掃除後のモップなのか
区別がつかないほどに
ウェットになっている。
この量の汗のにじみがもし血なら
死因は頭蓋骨陥没による失血、
凶器はおそらく鈍器、
といった風情である。

もともと体温が高いのだが
それにしても後頭部のこの熱さは
もはや発熱の域である。

だから寝にくいのよねー。

したがって唯一の対策は
すなわちエアコンをかけて
お部屋を涼しく快適にしておく
ということであろうと思うのだが、
この安直な発想に
我がカノジョは
いささか難色を示した。

エアコンの冷え方が嫌い、と。
身体に悪い、と。

百億回繰り返されてきた
アンチエアコン派の
典型的主張であるが
実はワタクシも
びみょうに同意見だ。

なんかね。と思っているのだ。

で、ピタゴラス的? ニュートン的?
なんか誰か的解決策が
ここ数週間前に導入された。

それは、窓を開け、
そこに近づいて寝る、とゆう
逆転の発想的作戦である。

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2007/06/04

ルッコラの種実る頃~若冲に胸キュン~

いま、カノジョが
ベランダ菜園から収穫した
ルッコラの種を選別して
紙の包みに入れている。


いろいろあったのだ。

かれこれ3ヶ月も
ブログを放置してしまうと、
いったい何から
書きはじめていったらいいか
皆目見当もつかないが、
ともかくも悲喜こもごも、
冠婚葬祭あり
大変な毎日であった。

気がつけば6月ってなことに
なってるしよう。

ありていに云えば忙しかったのだが
しかしその内容を問われると
どうもただ闇雲に右往左往し
狼狽していただけ、
という感も否めない。
なんか手帳を振り返ってみると
10日に1日くらいは
平均して休めていたという
統計も出たり。

またあまりに愚かしい
仕事に振り回されていたという
顛末もあり、結局のところ
忙しかったからといって
儲かっているわけではなく
単価が落ちているに過ぎない、
という側面も
なきにしもあらずなのだ。

ま、文句を云ったところで
何が始まるわけでもなく、
それはある程度
己の能力のなさによるところが
大きいわけであり、
それでもいただける仕事が
このワタクシにもあるということが
ありがてえでごぜえますよう。

と、いまは謙虚に
穏当に生きてゆくことする。

きっと枕の向きを
Dr.コパにしたがって
変えちゃったからだな。

それでこんなに忙しくなったのだ。


ところでめでたいのは
自分だけなのだが
昨日33歳になりました。
無事生き延びてこの歳に
たどり着いたという意味だけで
それは自分にご苦労様と
云ってあげたい。

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2007/03/03

ルッコラの花咲く頃

何がどうということもなく、
気がつけば2月が
すっかり終わっちゃってた。

わりとお仕事がなく
おうちでじっと
ひもじさに耐えていたのである。
あるいは
来るべき貧しさに怯え
身を縮こまらせて
気配を殺していたのである。

おそろしいほどの
スタートの加速と
低回転からの
湧き上がるようなトルクで
春が始まっており、
花粉症ではないワタクシは
すなおに嬉しくって
無意味にベランダに
出てみたりする。

ふと見ると
カノジョが丹精込めて育てた
ルッコラが、
えらいこと威勢よく成長しており、
塔のような花を
何本も咲かせている。

カノジョ曰く
もはや摘んで食べるには
葉っぱが
硬くなりすぎたらしく、
途中から育成目的が
変わってしまったようなのだ。

そうか、2月のあいだも
記録的な暖冬に守られて
おまえらは異様にすくすくと
育ちつづけておったのか、と
胸のうちにない感慨を
ムリヤリ感じてみようとする。

花を愛でるために
ルッコラを育てているのは
我々くらいかも知れないが
まあそれでも春に
花が咲くのを見るのは
気持ちの底がふわっと
軽くなる思いであるのには
違いない。


暖冬のおかげで
桜の全国的開花予測も
おそらく例年より
かなり早いんじゃなかろうか。
調べてないけど。

と云うのは、
先日用事があって
梅田でお昼ごはんを食べよって
なったときに、
梅田駅前第3ビルの
そばに植わっているか細い桜、
と、おぼしき樹が一本だけ
早くも三分咲きの勢いで
その身体に薄紅の装いを
まとっていたのを
期せずして
見つけたからなのだ。

「わーあれ桜?」と
同行のカノジョが先に気づいた。

「えーそんなことなかべおん」
と懐疑の声をあげながら
近づいていってみると、
しかしその可憐な花と
ごつごつした樹皮の様子は
ワタクシのような素人には
果たしてかなり桜に見える
代物であったのだ。

考えてみればもう3月。
桜が一本くらい咲き急いだって
大騒ぎするほどには
早過ぎないというものである。

白く眩しい薄曇の空をバックに
ケータイを頭上にかざして
写メールで撮っても、
桜のほんのりしたピンク色は
逆光につぶれてしまって
まずうまく撮れないとゆうことが
判っていたので、
画像を収めようとは思わず、
歩を進めちゃったが、こうして
だるまさんがころんだをするように
今年も目に見えないけれども
予想以上の速さで
春がぐんぐん押し寄せている。

ぬくい桜色の津波。

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2007/01/31

蟹と電車とコペルニクス

とーれとっれ ぴーちぴっち♪
カニ料理ー♪

有名なCMソングではあるが
きょうになって
はじめて気づいたのだが、
蟹って獲れたてでも
ぴちぴちしてないよね。

殻があるし。

中身の肉だって
ぷりぷりはしてるけど
ぴちぴちしてないよね。


このように、
いままで当然のように
受け止めていた事象を、
ふと疑ってみると、
あるいはそこにある
ごくわずかな違和感に、
見えない亀裂のような
小さなささくれのような
あるかなきかの感触に気づくと、
そこに新天地が広がる。

いままで誰もあえて
考えてみることをしなかった
可能性の広野。
そこに金脈や原油が眠るのか、
はたまた草木一本
生えない荒地なのか。

先週はじまった仮面ライダーの
新シリーズ「電王」も
きっとそうなのか、と思う。

ワタクシはわざわざ早起きして
第1話だけ
とりあえず観たわけだが、
頭がくらくらした。

ご存知のように電車に乗る
仮面ライダー、とゆう衝撃の内容。

べつにライダーだからって
バイク乗ってなくていいじゃん、
とゆう、
圧巻のコペルニクス的転換。

(いちおう誤解のないように
云っておくと、
今後のストーリーで
バイクには乗るようである。
ただそのマシンも
未来特急に
格納されているらしいが)

主人公を助ける未来特急の
オーナーが「世界の車窓から」の
石丸謙二郎、
第1話で主人公に憑依する
未来から来た
精神エネルギー体
(意味不明)の名前が
某電車ゲームを彷彿させる
モモタロス、と、
徹底した「鉄分」の濃さが
匂い立つ世界である。

なんでこうなっちゃったのかは
想像をめぐらすより他にないが、
年イチで新企画を考えるのって
正直きついんだろうなと
同情すら覚えてしまうわけである。

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2007/01/26

夢見るベビーキョンシーじゃいられない

さいきんベビーキョンシーと
赤ちゃんパンダとのあいだに横たわる
言葉の構造の差異が
いささか気になっている。

ベビーキョンシーとは、
同世代の方々には
もはや説明するまでもないが、
我々が十代の頃に日本の、
おそらく当時思っていたよりも
実際はかなり狭い範囲を
席巻していたであろう
チャイニーズホラー
「キョンシー(疆屍)」ブームの中で
生み落とされたキャラクターである。

蛇足を承知で説明すると、
キョンシーというものは
そもそも遺体を運送するのが
手間だというので、
その遺体に一時的に魂を宿らせて
自ら移動させる、という
合理的なんだか
かえって手間なんだか
よく判らない発想に基づく
中国製ゾンビなわけである。

遺体の年齢は当然まちまちで
幼くしてこの世を去った
赤ちゃんのキョンシーもいて、
これが悪戯坊主で
なかなか愛らしいのだが、
死んじゃっている以上
もう大人には永遠になれないという
哀しい運命を背負っている。

したがって、ベビーキョンシーは
「赤ちゃんのキョンシー」ではあるが
「キョンシーの赤ちゃん」ではない。

大人にならないからね。

しかし、これに反して
赤ちゃんパンダは
「赤ちゃんのパンダ」であり、
「パンダの赤ちゃん」でもあるのだ。

むつかしい。

これ以上発展することのない
他愛ない言葉遊びのような
ものであるが、
そんなことを、カノジョの額に
四ツ橋筋でバイクに
貼られちゃっていたとゆう
駐禁ステッカーを
貼りながら考えた。

勅令随身保命。


さてベビーキョンシーは
未来永劫大人になりえない
停まった時計のなかで
暮らしているが、
我々生命あるものは
日々の移ろいのなかに
少しずつ変化しているわけで、
それを自覚しないまま、
ある日突然
大幅な自己イメージの修復に
迫られることがあるようだ。

ワタクシは少年の頃
自覚している自己像としては
華奢で身軽で
柔軟であったのだが
いまやすっかり
ガッチリ型で鈍重で
身体もガチガチである。

立位体前屈とか
ちっともできないし。

今年33歳になる今、急に
小学一年生のときの運動会で
保護者参加の競走で
はりきりすぎて
アキレス腱を切った
我が保護者こと親父の立場が
身近に感じられるのである。

いつからこうなって
しまったのだろうと思うが、
しかしもうすっかり
目に見えない大きなラインをひとつ
ワタクシは
踏み越えてしまっていたのだ。

ベビーキョンシーが決して
踏み越えられないライン、
すなわち大人への境界線を。

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2007/01/10

或る阿呆の4、5年

「最後に○○したのは、
いつですか」とかゆう
イキったキャッチフレーズが、
TVCMなんかで使われているのを
皆さんいままで
頻繁に見聞きしてきたことと思う。

そのかたちの質問には、
ジャンルを問わず
そんなこと急にゆわれてもなああ、
と思うことが個人的に多い。

たとえばさっきひさしぶりに
お風呂に入ったんだけど、
その前がいつだったか
とんと思い出せないんである。

まさかお正月とゆうことでは
あるまいが、我ながら
かぎりなくあやしい。


ま、今回はおふろの話ではない。

じつはさいきん
うすうす気づいたことなのだが
ワタクシはどうやら自分史の
記憶のモノサシであるところの
日時や期間の感覚が
相当曖昧なようなのである。

最後に何かをした日、とゆうのも
ほとんど憶えていないが、
同時に、何かを始めてから
現在でどれくらい経ちましたか、
とゆうのも把握していない。

なので、今さらながら
履歴書とか
よしんば書こうものなら、
かなり四苦八苦するのが
眼に見えているんである。

危機感はまるで持っちゃいないが、
これは相当
やばいことなのではあるまいか。

あわわわわ。

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2007/01/08

また1年が始まる

日本中に荒れ狂ったらしい
真冬の「台風」は、さいわい
我がひとり乗りロケットの
周辺を素通りしていったようで、
夜中に窓を揺さぶる風の音こそ
喧しかったけれども、
それ以上の何事も起こらなかった。


今年も一週間が
はやくも過ぎたわけであり
ワタクシも、
もたもたと始動しております。

大晦日から正月2日の夜までは
携帯電話は圏外、
地上波アナログ放送もなんか
アンテナがゆがんでいるのか
うまく映らない局があり、
web2.0なんて夢のまた夢とゆう
あまりに現代から遠ざかっている
実家のほうに
帰省していたのですが。

毎年のことであるが、
ふるさとは遠きに在りて思うもの、
とかゆうけど、
ひさびさに帰省すると
その間すっぽかしていた
時間の重みに、
まるで巨額の延滞料金を
支払わされているようで
胃の底がずしんと重たくなる。

ワイエスの写実画のような
冬曇りの重たく濁った景色の中で
心象風景としては
バスキアの絵みたいに
がびがびになっている自分を
ふと発見する。

色がはみ出ちゃっているのだ。
子供の落書きみたいに。
身体とゆう輪郭から
気持ちがはみ出ちゃうんだなああ。

ま、現実はそんな
感傷的なものではなく。

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2006/12/23

さらばブラックスター

年の瀬が迫ってきているのよね。


この季節になると
大人たちはあたりまえのように
「今年もあっという間でしたね」
などと云い合って、
ささやかながら
たがいにいつのまにか
何かを喪ったような感覚を
認め合い慰め合おうとする。

何もそこには
共有するべき感情とて
ありはしないのだけれど、
かえっておたがいが
何も共有できるべきものが
なかったからこそ、
その喪失感を分け合うことで
束の間焦燥感を鎮めることが
できるのかも知れない。

「今年もおたがい、
あっという間でしたね」

かくゆうワタクシもいまや
例外なく大人なので、
その言葉をまるで
見えない敵にぶっ放す
ミスチルの桜井君の
透明なマシンガンのように
この数ヶ月ことあるごとに
話のふっと途切れたときに
周りの人たちにそう告げてきた。

「もうあっという間に年末ですよ」
たしかそんなことを、
陽射しが熱を失った
十月の初めから
さも見てきたように云い放っては
なんとも動じないふりをしてきた。

ところがその言葉が単なる
挨拶代わりの威嚇射撃ではなく
おのれの体にも食い込む
鉛の弾となっていたことに
今さらながら恐れおののくのだ。

あひー。
もう年末じゃん、正真正銘の。

諸行無常。


季節が我々を
決して待ってくれないことは
もう32年も伊達に歳を重ねてきたら
そろそろ達観したって
よさそうなものなのに、
これが一向に慣れないから
狼狽するばかりである。

だいたい、いま身の周りに在って
明日もあたりまえのように
在るはずのものが、
だからといって
永遠だという保証などないのだ。

いやむしろ、
永遠なんてどこにもないのだ。

我々は何十枚何百枚
いや何億枚というカードを
持って歩く旅人だ。
いつどのカードを落とし、
どのカードを損ねてしまうか
それは誰にも判らない。

ただ、せいぜいその大部分を
明日もおそらく持っているだろと
今日までの積み重ねから
憶測することで、
どうにか正気を
保っていられるに過ぎない。

身体だっていつまでも
いまのままであるわけがない。
たとえほくろのひとつだって
いつまでもそこに在るって
保証はないんである。

ある日手術をして
切り取っちゃったら
もうそれでお別れだからね。


じつはふと思い立って、
頬っぺたのほくろを医者に
切り取ってもらってしまった。

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2006/12/03

ベランダのルッコラと真夜中のポピンポ再び

田舎のばあちゃんはいつも
テレビで見聞きする
物騒なニュースが
大阪ばかりだと云って
我々の暮らしを案じてくれている。
ワタクシはいつも笑って
「ばあちゃんそら大阪は
人も多いさかい
事故や事件も多いわして」
と返すのだが。

災厄や危機はいつも
見知らぬ他人の顔をして
我々の傍らを
通り過ぎているのかも知れない。

そう思った昨夜。

誰だか知らないけど、
深夜4時とか5時とかに
玄関の呼び出しチャイムを鳴らすの
やめてください。

それも2回も。
しかも30分くらい間隔を空けて。
他所と間違えているにしても
非常識なのだ。

誰かにそんなエネルギーの要る
悪戯に走る動機を与えるほど
影響力も存在価値も
ないはずなんだけどなああ。

ひらたくゆうと
相手に心当たりがない。
そんな濃厚なひとづきあいを
していないのだ。

こうゆうことを書き留めておくと
後々にニュースになったときに
前兆として
取り上げてくれるのかしらん。


ひとづきあいと云えば、
人はひとりでは
生きていけないので、
我がひとり乗りロケット
feat.with.友好的な宇宙人は
さいきん主に
その通信能力において
機能拡充を
図っているところである。


じつはこのところ立て続けに
FAXとデジカメを購入しましてな。


以下面白くもないその顛末を、
何の前兆にもなり得ないが
日めくりの一枚として
昨日が今日の
前兆と云えるならば
これも何らかの
前兆であるかも知れないので、
とにかくそんなことで書いときます。

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2006/12/02

12月の正気度テスト

仕事先のそばの並木の下に
マイ通勤快速ママチャリ
「ナンホック号」を
一晩放置して飲みに行ってた。

翌朝取りに行ってみると
ひったくり防止用の
青いカバーをつけた前カゴの中に
黄色い落ち葉が
何枚も舞い込んでいた。

そんな秋の深まりのような景色で、
気がつけば師走である。
あわわわわ。


余談だがこの頃
ワタクシは急いでいるとき
ママチャリであろうと
単車と同じ乗り方をするらしく
カーブで車体を傾けすぎて
ペダルの端っこを
ガリっと接地させて
危うくこけかけたことが何度もある。

こわいのりものなのよ。


閑話休題。

おととい、N○Kのそばの
スタジヲに入る仕事があった。
別に○HKのお仕事じゃないけど。

その仕事自体
初めて請け負ったもので、
スタジオも初めて行くところであった。
そうなるとちょっとココロモトないのが
ゴハン事情であって、
どこのランチが美味しくて安いか
わかんなくてちょっと困る。

で、友軍でついてきたオヤブンと
近所の居酒屋のランチに
飛び込みで行ってみた。

中は周囲のお勤めの
ビジネスマンやOLで満席に近く、
我々も相席をお願いされた。

おかわり自由の和食ランチで
一品の追加オーダーもできて
なかなかに満足度も高く、
自分の仕事先の近くにあったなら
ひんぱんに通おうかなと
思えるお店だった。

生玉子のついてくる定食が
多いいので、老いも若きも
べちゃべちゃと
卵かけごはんを食べている。
のどかである。


が、問題は土地柄と云おうか、
NH○の関連の「ギョーカイ」層も
お客さんにはおそらく高濃度で
存在しているであろうと
思われる点であった。

我々の席の隣りにはいかにも
そうゆう空気の
若い兄ちゃんおふたり組がおり。

ワタクシの斜向かいに坐って
豚汁定食(¥550)に
鯖の塩焼き(¥150)追加で
コストパフォーマンスの高い
昼飯をちんたら食べている、
赤いジャージに茶髪の兄ちゃんが
語気高くしゃべっていたのが
我々の耳にも入ってきた。

もう仕事の進行状況以外に
そんなに話題もなくなった
ワタクシとオヤブンは
黙々と各々のおかずに
集中していたのであったが、
ついつい耳を傾けてしまった。

その会話の内容はというと、
なぜか24時間TVの
芸人さんとかが
ひたすらつづけるマラソンに
ついてであった。

「いやね、愛は別に
地球を救わないと思いますよ」
とゆうおそろしく紋切り型な
分析で始まるその言葉は
もうその時点で
すっかり我々を惹きつけた。

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2006/11/23

私の机の上の消しゴム

それなりに起伏はあれど、
ポケットサイズの
ドライブゲームのような
平穏さの中で、
我が人生は続いている。

道を俯瞰で描いた
ビニールのロールが
ゼンマイあるいは
単三電池とモーターの力で
縦にスクロールし、その上を
リッツ・クラッカーくらいの大きさの
ハンドルにつながった
ちっぽけなプラスチックのクルマが
ふらふら蛇行しながら
なぞってゆくだけの
昔懐かしいドライブゲームである。

そこには明確なスコアも
タイム測定もなければ
派手なクラッシュも
鮮やかなドリフトもない。
どんなに荒くれた
運転をしたところで
クルマそのものが
ゲーム上のルートから
すっかり外れて
どこか未開の地を目指したり
することはない。

ま、そんな感じでしてな。
良くも悪くも。


まあでも将来の保証など
何もない暮らしを
しているわけだから
それなりに危機管理は
していかなければならぬと
思いつつも。

切羽詰まった感覚が
まるでないから
まったく困り者である。

危機感と云えば。

今ワタクシの机の上には
なぜか使いかけの消しゴムが
7つもあるのだ。

すべて何の変哲もない
MONOやAIR-INなどの
事務用の
白いプラスチック消しゴムである。

どうも、日頃から
消しゴムの欠乏に関して
並みならぬ危機感を
抱いているらしい。
仕事先の共用デスクなどで
持ち主不明の消しゴムを
発見すると、
かならずカバンやポケットに
滑り込ませて
持って帰ってきてしまうのである。

ある日思い立って、それらを
ひとつところに
集めてみたところ、
なんと7個もあったというわけだ。

まだカバンの中にも
ふたつは忍ばせてあるから
合計9個の消しゴムを
収集してきたことになる。

手書き文書を、
それもシャーペンや鉛筆で書く
機会そのものが
減ってきているから、
おそらくこの消しゴム群は
処分でもしないかぎり
とうぶんなくならないだろう。

貧乏性が後れ毛のように
思わぬところから
顔を出してしまっているのだ。

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2006/11/04

少年期の呼び声

自分が成熟したなんて
うそぶくつもりはないけれど、
それでも長いこと大人をやっていると
最初から大人として
この世に生まれてきたのじゃないかと
錯覚してしまう。

「ベルリン・天使の詩」の
モノローグの一節みたいだが。

たしかに少年期の記憶は
ずいぶんおぼろげにこそ
なってしまったけれども
脳裏にはあって、
田舎の小学校で過ごした毎日は
疑いようもなく
自身の体験ではあるのだが、
そこにいたはずの
少年・キノタクは
もうどこにもいないのである。

同級生の少年たちと
戯れているのが、
このリンゴ型体型まっしぐらの
中年の入り口にさしかかった
寝癖男という光景は
どうにも馴染まない。

いや、たぶん、
それは見た目のことより、
むしろ内面の違和感に
よるところが大きいのであって
あの頃無邪気にはしゃでいた
いくつものエピソードや
感情の起伏そのものが
どうにも自分自身のもののように
思えないのである。

何をそんなに
感傷に浸っているのかと
問われれば、さにあらず。

ぷりっちょんわーれー。

である。

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2006/10/30

東京行きのおふとんバッグ

見直そう 見直そう
自動車保険を見直そう
パンダ任せじゃいられない♪

って歌ってると思ってた。

さわやかな秋晴れの候、
いかがおすごしですか。


このところ半月ばかり
期せずして
忙しくなっちゃってたのだ。

いや、期せずして、じゃ
まずいんであるが。

思えば体育の日をひっかけた
三連休がどうにもいけなかった。
前回ブログを更新したのが
そのあたりであるが。

いろいろ先々のことを考えて
仕込んでおいたり
連絡を取り合ったりすべきことが
業務上あったはずなのに、
アリとキリギリスにたとえるなら
あきらかに後者である
ワタクシときたら
それらに一切合財
無視を決め込んで
きっちり遊び呆けてしまったのだ。

「スケバン刑事」観に行ったりとか。

カノジョのバイクで生駒に
スリランカカレー
食べに行ったりとか。

秋の陽射しが黄金色に輝き
単気筒のエンジンは小気味よく
乾いた音を野山に響かせていた。

至福のひとときであった。

そしてその後、
あたかも分不相応の楽しみを
貪ったあとの
しっぺ返しのように
おしごと祭りの一団が
ねぶたやだんじりのように
地平線とカレンダーの彼方から
らっせらーらっせらーと
威勢よく行進してきたのであった。

いや、こっちが行かないから
向こうから訪ねてきてくれた
ってだけの話であるが。

情けないくらいに学習しない
このオトコは、
いまも夏休みの宿題に追われる
小学生の8月末を生きています。

あーあーあ。


ところで皆さんは、
布団圧縮袋について
何らかの関心を少なからず
寄せていらっしゃるのでは
あるまいか。

厚手のでっかい透明のビニル袋で、
おふとんを突っ込んで
掃除機でぶわーって
中の空気を吸うと、
みるみるおふとんがぺちゃんこになる、
あのアイテムである。

ひとり暮らしんぼなので
べつにおふとんを
しまったり出したりなどしないし、
収納もなければ
そもそもおふとんじたい
何枚も持っていないワタクシは、
TVショッピングなどでさかんに
その便利さを
喧伝しているのを見ても
ぜんぜん購買欲を
そそられなかった。

が、である。

新幹線で手荷物として
おふとんを運ぶときには
がぜん重宝するのである。

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2006/10/08

噂のヨーヨーガール

関東から北は
ずいぶん激しい雨が降っていると
テレビで告げていたが、
三連休の初日の大阪は
どこか陰が多く湿ってはいても
おおむね天気はもって、
涼しい初秋の一日だった。

たくさんの雲がうねるように
空を流れて、
そして街は行き交う人々の
足音と声とで
あふれかえっていた。

映画のパンフレットの
多色刷りのインクの匂いが
ふいに懐かしくなって、
劇場に足を運んだのだが。


そもそもカノジョときょうは
カノジョのバイクに2ケツして
どっか行こうと約束していたのだが、
どうも雲行きが怪しいので
急遽予定を変更したのだった。

しかしどこまでも
ついていない日はあるもので
まずお昼に近所の
おいしいうどん屋さんに
行こうとしたら
これがなぜか臨時休業で、
失意とともに梅田の
はがくれに向かったところ
これもたどり着いてみたら
眼を疑うような行列ぶりで
すぐさま諦め、
ふらっとベトナム料理など
つつく羽目になったとゆう
タイミングの悪さであった。

どうもワタクシとカノジョは
わざわざ休みの日を選んで
お店などに行ってしまう
軽率さと間の悪さを
ともに持ち合わせているようで、
まずもって予定どおり
デートできたためしがない。

以前には丸亀くんだりまで
出かけていって
目当ての美術館の
年に数日あるかという
展示替えの休日に
出くわしたことさえある。

で、半ば自棄気味に
フォーなどすすり
(おいしかったけど)
そのいきおいを買って
すでに予告編の始まっている
劇場に飛び込んでしまった。

「スケバン刑事」を観に。

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2006/10/07

深夜1時の林檎ジュース

早いものでもう10月である。

……などという感慨を
したり顔でしたためるには
もうとっくに遅く、
1週間も経っちゃっているのだ。

まさに光陰矢のごとしと云うが
時間が矢と違うところは
どこかに突き刺さって
止まったりもしなければ、
空気の勢いに負けてそのうち
地に落ちてしまったりも
しないというところなのであり、
ますます性質が悪いのだ。

うかうかしてると
瞬きするあいだにも2007年に
突入しかねないのだ。

2007年。

ちょっとした未来世界では
あるまいか。

違うんだよ現在なんだよ。

たとえばだ。
2000年の年号が印刷された
ワインのラベルを見ると、
まだ酸っぱい
若いワインだなどと
とっさに思ってしまうのだが、
実は6年も寝かされた
ほどよいビンテージで、
そこそこ飲みごろの味わいを
醸し出しているはずなのである。

そのへんのことがちっとも
実感湧かなくて困るなああ。

もうね、体力とかも
ぐいぐい衰えてきているし。

いやもともとタフな方では
決してないのだが
それに輪をかけて
ひ弱になってきてるし、
そしてそれに反比例するかのように
体格は確実に
リンゴ型肥満への一途を
たどっちゃっているし。

多部未華子ちゃんの顔を見ると
なんか気持ちがソワソワするし。

まあそれは関係ないが。

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2006/09/15

熊出没危険。

もしあなたがこらえきれぬほど
退屈を持て余しているか、
あるいはふいに自棄気味になっており、
たとえすぐに取り戻せるとしても
二度と戻らぬ貴重な1時間を
無為に過ごしたいと決意したならば、
お薦めの映画を
ワタクシは一篇知っている。

いや、つい先日知ったのだ。

ふと思わず時間が空いて
TSUTAYAに足が向き、
何かバカバカしい映画でも見て
無聊の憂さを吹き飛ばしてやらうと
新作の棚を見るも、折り悪く、
むやみに文学的であったり
主題の重々しい
大作ばかりだったりして
首を傾げずに
おれなかったそのとき。

ワタクシは見てしまったのだ。
そしてそのジャケットを手に取って
つぶさに紹介文などを
読んでしまったのだ。


アルバトロス配給の
「プロジェクト・グリズリー」

やっちゃいましてな。
借りちゃいましてな。
そしてそれはもう激しく後悔。

もう全然ダメなのよ。
ダメすぎて批判すら出来ない。
ここがダメ、とかゆう次元を
はるかに超越したダメっぷり。


ここにワタクシは親しき友が
二の轍を踏まずに済むよう
警鐘を鳴らす次第である。

熊出没危険。

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2006/09/05

秋味への帰還

9月に入ったとたん、
急に涼しくなっちゃってびっくりである。

まるで神様のリビングルームにも
人間の使うカレンダーが
架かっていて、
それを律儀にあてはめて
月や星を巡らせているみたいだ。

昼間はさすがに
エアコンのお世話にならずに
おれないけれども、
しかし朝夕の乾いて軽い空気には
鳩尾のあたりがきゅっとなるのを
抑えられないっす。

それは同時に
またキリン秋味の季節がやってきた、
ということでもあり、
ワタクシは内心とても嬉しい。

秋味、大好き。

ふとしたことだが、それでもたしかに
気持ちを踊らされている
自分に気づく。
ちょうどアルコール度数が
5%から6%に増えている程度の
ささやかな幸福感でしかないが、
500ml缶を2本持って
いそいそレジに並ぶときに
ちょっとにやけてしまうくらい
うきうきしているのだ。

いまも冷蔵庫に今夜のための
紅葉色のロング缶が2本
静かに横たわっている。
そして徐々に冷えながら、
まるで号砲を待つ
陸上選手のように、
静かに動悸をはやらせ、
コンセントレーションを
高めているのである。


いやはや、ひさびさの
休日なんである。

とは云えきょうは
まるきりのオフでもなく、
朝イチのお勤めと
午前中の会議があったのだが、
明日はスケジュールが
まるっぽ空白なのであった。

ビールだって飲んじゃうもんね、
である。


この半月あまり、不覚にも更新が
ガツンと滞ってしまったが、
お盆からこっち、またしても
平成淀川おしごと祭りが
開催の運びとなり、
それはもう
ネリリしたりハララしたり
えらい騒ぎとなってやがったのだ。

そうなるともう、一件片づけると
間髪入れず次のことを
考えていなくてはならないわけで、
と云うよりもはや同時進行で
あれこれ進めなくてはならず、
一回の更新に
1時間くらいかかっちゃう
このやくたいもないブログに
眼を向ける余力などとてもとても、
というのがお定まりの
思考および
行動パターンであったわけだ。

ま、しかしそれでもお山に
バイク乗りにでかけたりする時間は
ちゃっかりこさえていたので、
それはつまり世間様並みの
おしごとの密度でしかない、
というのが実状なのだろうが、
そうは云ってもそれが
おのれの限界なのであるらしく。

わあぁってるよーう。
甘えてるよーう。許せよーう。

業務連絡。
DVD編集、やっとります。
もう少し待ってください。


ええとね、
とりあえず近況報告までに。


しかしお酒も飲めないほどの
過密スケジュールで
あったにもかかわらず
ちっとも痩せちゃわない
おのれの体重管理能力にも
唖然とするばかりである。

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2006/08/08

オックウ星人との戦い

Bonnie Pinkの舌の巻き方が
耳について離れない
季節になりましたね。
見上げれば日々
パーフェクトスカイである。

ま、ちょっときょうは
そんなことを迂闊にも云えないくらい
ワンツースリーで台風が来とりますが。

きょうは皆様何の日か
ご存知でしょうか。
エアプチの日です。
いやいやこれほんとうです。
なんかね、まるいのが4つ
並んでるでしょ。
8月8日って書いてあるのを見ると。

たぶん由来はそんなことですが
ウラとってません。

しかしいったい誰が真夏の盛りに
エアプチをぷちぷち潰して
浮かない気持ちを
慰めたりしてるんだろうか。

あるいは徒然に
したくない用事の合間に
さまよいだす気持ちの
向かう行き先としてのぷちぷち。

嗚呼、鬱陶しい。
ぷちぷちぷちぷち。

あれの最適な季節ってしかし
そう考えると秋かしら冬かしら。
窓枠にも雪が積もる居間の
オレンジ色の薪がはぜる
暖炉のそばで、
ロッキンチェアーのおばあちゃんが
エアプチか。


どうでもいいですね。
どうでもいいったらありゃしまい。

大きな変化もなく生きております。

さいきんのワタクシの
もっぱらの強敵と云えば
オックウ星人である。

何か思いを馳せ景色を網膜に刻み
そして過ぎ行く時の中で
風の匂いを憶えたとしても、
それをいざこの
我がひとり乗りロケットの
航海日誌に書きとめようとしたらば。

すわ、オックウ星人襲来。
ぷばーぽ ぷばーぼ(警報の音)。

いかんいかんとは思いつつ、
気がつけば体力とか気力とか
温存しようと決めて
寝ちゃう自分がそこにいる。

なんでやろうかああ、
と考えると、
どうも思い当たる節がなくもないのだ。


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2006/07/14

ちょいスピ! 灼熱列島

あづい じぬー。


いまのところ梅雨明け宣言は
出されちゃいないが
あれっていつも後出しジャンケンなので
ひょっとしてすでにもはや、とか思う
きょうこの頃。

マイチャリ・ナンホック号でうろうろ、
アドレスV100沈思黙考号
トリコロールSPLでぶいぶい
走り回ってると、ビルの谷間に覗く
眩しげな夏空と湧き上がる入道雲。

サマー。

信号待ちで照りつける光線は
もはや暑いを通り越して痛いぞ。
ちりちりすっぞ。
マジ危険なんじゃねえ?

そして歩道をチャリで行き来する
奥様方はみな
もののけ姫のアシタカみたいな
長袖の手袋をしてらっしゃいますねー。

ノースリーブに肘の上までの手袋とか。
正味、なんか不要な回り道を
してるように思うのだ。

長袖でいいんでわ? ???

とかって思うがまあ自転車を降りたら
外せるってところが
長袖よりかいいんであろうな。

そのうちあれにもスワロフスキーとか
キティちゃんとか出だすぞ。
もうあったりしてな。


さてワタクシ先日また
仕事先のソファに泊まったらば
ものの見事に金縛りに遭いましてな。

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2006/07/08

短パンデイズ

ほっとくとひと月くらい
あっとゆう間に過ぎ去ってしまうのが
我ながらおそろしいい。


ネリリしたりハララしたりしながら
日々過ごしております。


このところ
あんまり蒸し蒸しするので
ユニクロにて短パンを購入したらば
これが。

見栄はって76cmで買っちゃって
ウエストがギリだが
しかしあまりに快適なので
モノは値段ではないとゆうことを
日々実感し。

あっちこっちへ右往左往。

ま、日々寝るヒマもないほど
忙しいわけではないので
これはいわゆる怠惰でしてな。


とは云いつつこの週末は
ダーッシュダーッシュダンダンダダン
スクランブルー ダーッシュで
夜っぴて仕事とかしてるのは
それはおのれの
スケジュール管理能力の
なさゆえである。

朝5時にクラシックラガーと
プリングルズの
みろりろを食らうほど
身体によくないことも珍しいと思うが
ただいま鋭意実践中。

そして新しいみろりろ
「サワークリーム&オニオン」は
まえよりか酸味とかコクが減って
しょっぱくなった感じなので
もうそんなに好きじゃない。

何もかも愛しているときのままで
いてはくれないのだなあ。


そもそも、サワークリームと
玉ねぎをどうにかこうにかしたもので
ポテトの茹でたんとかを
食ったことがないので、
それははたしてNEWとかなって
おいしくなったのかどうか
イマイチ不明。

それを近いうちに
食ってみねばならぬ。


夜が白んでまいりまして
そして雀が律儀に
今朝もさえずっております。

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2006/06/07

個人沈没

ただいまひとりで祝杯を上げております。
それもクラシックラガー500ml缶
1本だけのな。

今月ワタクシは
普通の人ならちょっと本腰入れれば
やりとげれるくらいの量のお仕事を
僥倖にしていただきまして。

そんでそれはつまり
ワタクシにとってはあきらかに
オーバーキャパでして、
えらいことココロに余裕がなく、
また間借りしている仕事先の
革のソファで3時間寝たりとか
しておりまして。

6月はおしごと祭りです。

もちろんそうなると、
お酒なんか飲んでちゃいけまい。
レッドブルとかその連れの
エナジードリンク・シャークとか
飲んでいるのよ。
そしてごはんはコンビニのおにぎりよ。


そんなこんなでへろへろでしてな。

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2006/06/01

ある遊園地の死

列島が真夏日を記録した
6月最初の日の昼下がり、
ワタクシは神戸ポートアイランドにいた。
ちょっとした仕事上の偵察である。

かつて華やかな80年代の注目を
一身に集めた
人工島ポートアイランドは
物流の拠点としての機能上、
道幅がとても広く、敷地も広大で、
ややもすれば距離感や
遠近を見失う。

そしてそこにあまり人が
往来していないことも
この土地を
どこか白昼夢のたたずまいに
化してしまっている。

ただただ陽射しだけが
熱に充ちて眩しい。

なんか女子大がひとつあって
授業が終わった学生たちが
数人単位で駅への道を
とぼとぼ歩いている。

彼女たちの持つ
原色の、荒削りだけれども
生命に充ちた足取りが
弛緩しきった島の空気に
あきらかに不釣り合いだ。

この空気にどうしても慣れないな、
と思った。


思えば昨日も似たような場所にいた。
南港だ。
それもやはり同様の
偵察と情報収集のためである。

アクザワさんは非力な
旧規格の軽1BOXで、
走行7万km超過の
ご老体ではあるが、
日々機嫌よくすいすいと走り、
エアコンはぶりばりの絶好調で
火照った身体と脳を
心地好く冷やしてくれた。

仕事はえらいこっちゃ
立てこんでいて
余裕などまったくないが、
しかし危機感を
麻痺させることにかけては
かなりの修養を積んできたな、と
実感する。

ワタクシはアクザワさんの
ステアリングに手をあてながら
ぼおっとするアタマで考えた。

にぎわう街と
そうでない土地の違いは
どこから生まれるんだろう。

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2006/05/31

異名

異名とゆうものが
つくづくほしいと思つてゐる。


……や、ま、
そんなに、喉から手が出るほど
渇望しているわけでは
ないのであるが。

異名。
いろいろありますね。
赤い彗星とか、連邦の白いやつとか、
スローハンドとか、スイカップとか、
走る冷蔵庫とか、プリンセスとか。


……あんま思いつかない。

愕然。


しかしこのまま話を続けます。

とくにさいきんは、異名をとる人は
格闘家とかアスリート関係に
多い気がするのですが、
それはおそらく
マスメディアのイメージ戦略ってゆう
おぞましい側面もありながらなので、
すなわち巷間から自然発生的に
生まれたものではなかったりするので
賛否両論あろうものですが。


しかし由来がどうあれ、
異名とゆうのは、おおむね
その人の業と呼ぶべきか、
すなわちそのスキルによって
成立していることが多いいいと思うので、
つまりは、名前を知るよりも先に
その切れ味鋭い技によって
大衆を魅了した、
とゆう側面があるのでは、
と分析するわけである。ありました。

生まれもってつけられた名前よりも
その人の行動が人々を魅了した、
とゆう証、それが異名である。
あだ名とかそうゆう印象メインでなくて、
あくまでその人を
称賛するものである。


ま、ほしいとか主張したところで
手に入る種類のものではないので
そのへんは実績が
自分の後ろをついてきて
代わりに喋ってくれるくらいでないと
まずムリなのであるが。

異名があればその足跡とかを通じて、
後世の人々がワタクシのことを
憶えていて、
次に語り継いでくれそうな
気がするからである。


あ、しんきくさくなった。

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真夜中のカリー工房~嵐の予感~

満を持して寝てたー。


けさは朝5時起きの
例のおしごとであったのだ。

いま、日照不足で農家は困惑、
野菜価格高騰ってゆう、
いささかやっかいな
時期だそうですが、
しかしこれが季節的にゆうと
たいへん寝やすいでは
ありませぬか。

汗をかくほどにはまだ暑くないし、
かといって寝冷えとかもしない。
おふとんと戯れ、
まくらに頬ずりするのが
このうえなく気持ちいい。快適。

ついつい
お昼寝してしまいましてな。

そしてよく憶えてはいないが
鮮明な夢を見て
目が醒めたら午後11時。

わらかす。

このまま翌朝までいったれと
がんばってはみたが
それはちょっと大脳とか
脳下垂体的にムリで、
ひとりむなしく真夜中に起き上がり、
こうしてPCのモニタに
向かっています。


5月の終わりに。

あと、またしてもしょうこりもなく
カレーをぐつぐつ
煮込んでおります。

飽きっぽい凝り性。
それがワタクシの哀しい性。
いま、人生における何十回目かの
カレーブーム到来。

方法論的な懐疑はせず、
ただ拡大再生産的にカレー。
それでも違いがあるとすれば
前回が印度風鶏肉カリー
であったのに対し、
今回は欧風牛肉カレー。

だってお野菜とか余ってたんだもん。
カレーをもっぺんやるのが
あきらかに経済的だったんだもん。

そして真夜中カリー。
5月の終わりに。

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2006/05/27

ロシアン甘だれ巡査

ゆうべ、きょうの仕事で必要になって
ミナミの布地屋さんへ行った。
商品撮影をするとき
下に敷く布がほしかったのだ。

商品の品揃えが
かなり豊富なお店で、
服飾系の学生とおぼしき
CUTIEとか読んでそうな
メイクも小物も服装もカラフルな
おねいちゃんたちが物色する中で
小腹の出たおっちゃんことワタクシも
いろいろ見とれる。

なかでも軍用っぽいカモフラ柄が
何パターンも並んでいるのを発見し、
目的とは関係ないのだが
しばし手に取って見てしまう。

最近ネコも杓子もこぞって
ミリタリー着用なので
けっこうそうゆうニーズがあって、
本物の軍御用達じゃなく
民間用につくっている業者が
あるんであろうな。

ま、ネコは着ていないと思うけど。

よく探したら
キルティングのカモフラもあり、
なんか和むんだかすごむんだか
よく判らなくなっていた。


しかしこれは要するに、
ウデに覚えさえあれば何でも
カモフラでつくれちゃうって
ことなんだろうと思う。

カモフラのなべつかみとか、
こたつぶとんとか、
ランチョンマットとか風呂敷とか。

カモフラの風呂敷。略してカモフロ。
若い男性のハートを
射止めるアイテムだと思う。
ミリタリー文字で
22M(つつむ)とか書いたりして。

つくろうっと、今度。
アーバンカモかタイガーがいいな。


もっともミシンが使えないのだよ。

このさい挑戦しようかしらん。

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2006/05/24

カレー美人論

福神漬けってカレーに会うまで
孤独だったろうなああ。

あの赤くてほの甘いぽりぽりだけで
ごはんは一膳食えまい。
カレーこそが福神漬けにとっての
福の神だったのだとゆう矛盾。


カレー。

この偉大なる料理について、
今日にいたるまで
数多の議論が繰り返されてきた。
いまさら訳知り顔で多くを語るのは
傲慢とゆうよりほかあるまい。

もはやカレーライスは
インド料理でも何でもなく
れっきとした日本の国民食である、
とゆう主張も
陳腐なものでしかない。

いろんな言葉があるよね。
「カレーは伝播する」とか
「親父のカレー自慢」とか。

会社の食堂とかゆくと
いちばんか二番くらいに
やっすいお手軽メニューに
成り下がっていてわろし。

そんなありきたりな料理であるが、
だけどカレーつくっちゃった。

正統派家庭カレー。
西原理恵子のマンガ読んでたら
食べたくなったんだもん。

わりに凝ったのである。

なのにだ。

ことこと煮込んで
丁寧に仕上げたその味は、
なぜか日清の
カレーヌードルに酷似。

甲斐がないのう。

カレーって飛躍しにくい料理だな、と
つくづく思う。

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2006/05/23

メタボリック銀河35,000

ほんとうにどうでもいいことを
人はわざわざ「どうでもいい」なんて
吹聴しないものだと思う。

真剣にどうでもいいんなら
忘却の彼方であるはずだからだ。

だと考えると、ワタクシ未だに
ありとあらゆる事柄について
拘泥しまくっております。
達観や解脱やなんやかやは
アンドロメダ星雲とかの向こうである。


身についたのはだらしない
メタボリック予備軍な体脂肪と、
冷蔵庫の残りもんでちゃっちゃと
旨いアテをつくれる
スキルくらいである。

今晩つくったアスパラとエリンギの
中華風あんかけ、絶妙。
アスパラとエリンギってゆう
そのかわいらしいチョイスどうよ。
ケンタロウも真っ青。
お肉なんか入ってないけど
めっちゃうまーい。

これがしかし、
人に食べてもらうタイミングでは
ぜんぜん再現できないのよなー。


気がつけばこないだ
笛つきケトルについて
心底どうでもいい思いつきを
だらだら書き連ねてから
はや一週間。

まさに光陰矢の如し。
おそーろーしーいい。

さいきん、とくに
多忙を極めるとゆうことは
ありませぬ。
ですが、たとえば仕事においても、
たった一本のVTRをするにあたり、
準備期間は10日間とかもらっても
ああでもない、こうでもないと
遅疑逡巡。

迷いが随所に出て
なかなか先に
進めないのであります。

こうなると、
人生なんて死ぬまでのひまつぶし、
なんてうそぶくつもりはない。
だってこんなしんどくて
めんどくさくて
いっぱいいっぱいになる
ひまつぶし、イヤだからだ。


こんなワタクシですが、
きょうですね、お昼頃、
我がブログを訪れてきた方の数が
通算で35,000名様を突破しました。

おわー。
ありがとうございますー。
今後とも何のお役にも立てない
ちんたらうじうじしょぼしょぼブログを
ふがいないくらいの不定期更新で
細々ってゆうのもおかしいくらいの
不揃いな太さで
続けてゆきたいと思います。

そ、まるであの日の
手づくりパスタのような縮れ具合の
粘土みたいな
歯切れの悪い煮えきらない文章で。

今後とも仕事やお勉強の合間に、
ココロの隙間に、一休みさんを
宜しくお願い致します。


甲本ヒロトの歌声の向こうに見る
モノクロの勇者ライディーンは
酔っぱらいながら見ると、
涙がちょちょギれるくらいに美しいなあ。

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2006/05/15

きょうも笛を待ちながら

きょうから
晩酌用のビールのために
グラスを冷凍庫で凍らせるとゆう
準備を再開した。

ワタクシなりのシーズン開始である。

ぷはー。うますぎる。

いっときその爽やかな飲み口に
サッポロ黒ラベルに浮気していた
ワタクシであるが、
この頃やっぱりキリン一番搾り。
ほろ苦さ、コクとキレ。これに尽きる。

おかずはマンガで見た
鯖のキムチ煮を自分流にアレンジ。
これも大成功。うまい。


さいきんけっこうまた
キッチンづいているのだ。

仕事が減ると、
そぞろな気持ちを鎮めるために
偽りのクリエイティブさを
調理で発揮する、とゆう
ガスの抜き方をしていることは
自分でもはっきり自覚しとります。


ところで、ガス抜きと云えば
笛つきケトルってありますよね。

あれは指示待ち世代を
生み出していると思う。

密閉性が高いため、
ケトルの中の湯が沸騰すると
中に充ちた蒸気の圧力が高まる。
それが口から噴き出ると
笛が鳴る、とゆう、
いまさら説明するまでもない
仕組みのあれである。

ワタクシ自身のライフスケールでゆうと
ひじょうにいろんな局面で
煮えきらない
性格であるのにもかかわらず、
お湯が沸くのを待つその時間が
いつも果てしなくもどかしい。

中途半端に手持ち無沙汰なのよ。

なので、その時間を
最小限にとどめるために
あらかじめ必要な分の水を
グラスとかコップで計り、
それも蛇口でお湯のほうを出して
最高に熱くしてから汲むとゆう
工夫を講じている。

だけどよ。

はたしてそれがいちばん
最短の時間なのかって疑問が
いつも首をもたげるんであった。

正確には沸騰したその瞬間に
すぐさま笛が
鳴るわけではないからである。

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2006/05/12

余所者の夢

夢は、たしかに
現実を縫い取った刺繍の
裏側の模様なのだと思う。

凸凹して見栄えが悪く、
ちぐはぐでぶかっこうで、
一見したところ
何の絵柄にも見えないが、
しかしその運針と色使いとは
表側に描き出されている
あざやかな現実のモチーフに
つながっている。


さいきん、
昔の夢を見ることが増えた。

歳をとったのかも知れない。

でもそれだけが
理由じゃないことも判っている。

今週から来週にかけて、
少し覚悟して
過密スケジュールを入れ、
ロケ3本を
こなすつもりでいたのだが、
取材先の工事の遅延などで
そのうち2本がふいになった。

ゆっくりできる、
と云えば聴こえがいいが、
日雇い同然の
しがないフリーの身であるので
そのぶん収入に響く。

こうなると、とたんに、
このままでよいのだろうか、という
怯えが頭をもたげる。
その怯えは夢になって、
ワタクシの心を脅かすのだった。

それが昔の夢だ。

眠りの中で
紡ぎ出される物語は、
ただランダムに
不条理な景色を
映し出すわけでもなく、
自らの体験と記憶と
感情の痕跡とが
材料になっているから
性質が悪い。


ゆうべ見た
みっつの夢のかけらはどれも
痛ましいほど
おのれの現状を映し出していて、
ワタクシは眼が醒めてのちも
思わずうなだれずにおれなかった。


※このあと、他人にとっては
おそろしくどうでもいい夢の話が
延々と続きます。
そこに投影される自意識を含め、
とにかくしんきくさくて
最高につまらないので
くれぐれもご注意ください。

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2006/05/09

雨雲の未来

気象庁のホームページ
ブックマークしている。
ウィンドウズの用語で云えば、
「お気に入りに登録」している。

まさに、お気に入りとゆう言葉が
ふさわしいと思う。
なにしろメールチェックと同時に、
朝晩覗いては、
さまざまな移り変わりを
嬉々として眺めているからだ。

きょう、日本列島のどこで
どのくらいの揺れがあったか、
津波の心配はあるのか。
週間天気予報は
前回からどのように修正されたか。
雨雲は近づいたのか、
それともグズグズ
南の海にとどまっているのか。
明日の最高気温は何度くらいで、
それは例年に較べて
どのくらい高いのか、
はたまた低いのか。
明日の外出時に傘は要るのか。
洗濯物は干していいのか。
自転車、原付、電車、
どの交通手段がオススメなのか。

今日の星占いよりも
だんぜん内容が濃くて見飽きない。

なかでもおもしろいのが
解析雨量・降水短時間予報だ。
いつもワタクシを虜にする。

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2006/05/08

エンジンの上の完璧な瞬間

世界には、ときに
完璧な瞬間というものが
存在すると思うし。


それは眺めていて思わず
「おうっ」て
頭を後ろにのけぞらせ、
しかし眼差しだけは
鋭く注ぎつづけ、
ふっと逸らせることはおろか
瞬きさえ惜しいような
まったく非の打ちどころなく、
調和と充足に彩られた光景である。

マンガのオノマトペだと、
ぱあああああ、って音がする。

その状況の、
ありさまの完璧さは
なんらかの価値観にてらして
貴賎を問うようなものではない。

たとえば、毎日行列のできる
屋台のコロッケには、
コロッケなりの
完璧な瞬間とゆうものが
存在すると思うし。

コロッケはおばちゃんと
おっちゃんの列の前で、
期せずしてあるとき
完璧な瞬間の訪れを迎える。
ラードで揚げる、
さくさく香ばしい衣と
中のホクホクしたジャガイモの甘み、
歯触りに訴える挽肉の存在感、
そんな何もかもをひっくるめて、
あるときこれ以上はないほどの
美しさを放つのだ。

時刻にしてたぶん、
午後4時35分くらいに
そうなることが多いと思う。

ぱあああああ、ってなるコロッケ。

まったくのあてずっぽうだけど、
その瞬間、コロッケは
夕陽を浴びて赤銅色に輝く
エアーズロックにも匹敵するのだ。


四季のめぐり移りはなおさら、
我々のココロを揺さぶる
完璧な瞬間を用意してくれる。
春には春の、夏には夏の、
秋には……、
以下省略の完璧な瞬間がある。

ま、とくにあたらしいことは
ゆってない。

そうゆうものですね、人生。

信仰篤い人だと、
きっとそんな瞬間には
「いまここに神がおられる」とか
口走っちゃうんだろうな。


ワタクシはBeta Rev3の
なめらかなアルミフレームに跨り、
銀色にゆらめく
大きな魚のうろこのような
川面の陽射しの反射を見つめたとき、
そしてその上の岩に腰かける
仲間達の姿を見たとき、
ああこれ、これこれ!ってなり、
ぱあああああってなった。

出不精な一生慣らしレベルの
一民間人・草トライアラーにとって
完璧な瞬間の訪れであった。

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2006/05/04

僕たちのプリズン

ヒマなのにひとり思考に弾みがついた
よく晴れた連休の深夜。
ついつい何度も
更新してしまいたくなる
そんな衝動のままに書いてみる。
まるでお散歩用のリードを
主人の手からもぎ離した
運動不足気味の
ウェルシュ・コーギー・ペンブロークのように
ココロの赴くまま
短い足で猛ダッシュ。

イーグルスは「ならず者」のなかで
おまえにとって
この世界をひとりで生きることは
監獄そのものなのさ、
と歌っている。

そんな大仰な監獄だとちょっとやだが、
しかしワタクシにも
監獄ってあると思った、
くりかえすが
よく晴れた連休の一日であった。

ココロの監獄。

それは自分でも抑えがきかない
どうにもならない思考の習慣、
感情の偏り、無意識の選択、
そしてこりかたまった性分。

多くの場合それは
知人や友人に話すと
「オレそんなんないわー」と
怪訝そうに云われるのである。

たとえばうちの親父の監獄は
じっとしてられないことである。
先日、オカンが手術を受けている
3時間のあいだにも
こむつかしい原稿を
病院の廊下の長椅子で
ちまちまと書いているのを
となりで眺めて、
ああこれは
終身刑であると観念した。

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2006/05/03

私はアボカドになりたい

のっけからしょっぱい話で
申し訳ないが、
この先の人生、
どうなりたいのよって
ふと自問してみて
途方に暮れてしまった。


先日、お世話になっている
構成作家さんと
メールで雑談した折にも、
「キノタクの先が見えなくて、
どうなりたいのか心配です」と
温かいお言葉を
かけていただいた、
とゆう話はすでに書いたかしらん。

人に認めてもらっていることを
自慢たらしく書くのが好きな
器の小さい人間であるので、
きっと書いちゃってると思う。

そのときも返答に窮したのだが、
何とかなったらいいな、と
漠然と思ってはいるものの、
その何とかに具体的な目標が
とくにあるわけではないのだ、
とゆうことに、
ようやく自覚的になる
きょうこの頃。

愕然。

なんとつまんない男よのう。

「男はつまんないよ」なんちて。


……や、つまんないのは
ワタクシだけであるのですが。

ぼんやりと、
名前が通る仕事をしたい、
ってゆうのはある。
名指しで仕事が来るような。

でもそれってどうゆうジャンルで
サクセスとかブレイクとか
できんのかなああって
未だに暗中模索で。

とゆうより、この仕事なら
キノタクに任せといたらまあ
あたりさわりなく
一般の水準のものが
上がってくるわって
そう認めてもらうことすら。


まっとうな日本国民、
大阪市民であることすら
経済的にしんどい状況が
ここ数年ずっと続いているし。


ま、いつまでこんな甘っちょろい
覚悟の決まらぬ心がまえで
生きちょるんか、おぬしは、って
話であるのは、重々承知。


しょっぱい話が
あまりに何なので、
ワタクシの好きな、
まろやかな話をしておきたいと思う。

さっき、アボカド冷奴つくって食べた。
マジうまいし。
理由は、まろやかだから。

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おまけの一日

ルチャドールになるために 
猛練習を積んでいた少年が

トベデレベルサの失敗で 
短いその命を落としました

憐れに思った神様は
少年におまけの一日を
お与えになりました

おまけの一日 
さりとてするべき事も無く

なんとなく陽がくれて 
その夕陽を見ながら少年は

「あ~ 僕の一生こそ 
おまけのようなものだったな」

と思いました


筋肉少女帯
「断罪! 断罪! また断罪!!」
収録
「おまけの一日」より

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2006/05/01

小夏日和に風邪なのだ

きょうから暦の上では5月ですね。


てゆうかよ、
まだ5月に入ったばかりだってのに
えらいこと蒸しますな。

なんかぬくい空気が
上空に流れ込んだらしく、
強い陽射しは
地表に濃い影を焼きつけております。

こうゆうのを小夏日和って
名づけちゃどうかしらん。
ま、もともとの小春日和ってのは
秋の季語なので
そうすると春先に
小夏日和ってのは
もうそらまあ
きちんと考えるとおかしいが。

だいたい小夏どころの騒ぎではなく、
東京では気温30℃を越える
真夏日になっちゃったそうですね。

真夏日って。
まだ夏になってさえいないのに。
梅雨すらやってきていないのに。

おしまいだ、地球。

なんとゆう季節感のなさよ。


しかしさらに季節感がないのは
ほかならぬ、
いまこうして書いている
ワタクシなのであった。


風邪をひきました。
それも、わりかし、こってりしたやつを。

金曜の夜ぐらいから
やけに鼻がびそびそゆうなあとは
思っていたのですが、
これが一夜明けて
世間では連休突入とゆう
みろりの日になると、急速に悪化。

絶え間なき咳、くしゃみ、鼻水に加えて
土曜の昼頃には関節痛がはじまり、
まるでロボット超人ウォーズマンに
がっちりパロスペシャルを
決められている
キン肉スグルのように
「おわ~~~」と悲鳴を上げながら
白いマットならぬ黒い敷布団の上で
転がり回っておりました。

とめどなく生産される鼻水にも
ほとほとまいった。
くしゃみをした瞬間に
両の鼻からぶばばって
バブリシャスな風船が
できちゃうくらいの量で、
かんでもかんでもかみすぎることはなく
気がつくと粘膜切れて
鼻水がほんのりピンク色になっていた。

きちゃない話でごめんなさい。

こうも大量に鼻水ができると、
逆説的に、
すんごいオレって体力あんなー、
とか感心したりもする。

ここまで鼻水つくれるんだから
ある意味健康だろ、
みたいな矛盾した錯覚に
とらわれるのであった。


そして、ふしぎに熱がでないのだ。
36.7℃くらいで高め安定。


あくる日曜日は、それでも
関節痛はなりを潜めたものの、
こんどは鼻が詰まって
深海の底に
暮らしているみたいに
呼吸がままならず、
食べるもの皆味がしなくなった。

目をつぶればトマトジュースと
オレンジジュースの区別さえ
つかないとゆうありさまであった。

行こうと思っていたイベントも
こんなんじゃちょっとなので、やめ。
連休を出だしから棒に振る
最高の週末でありました。

いやっほーう。
しかもいい天気だったし、よー。
ベランダの向こうに、
春の陽気を
たっぷり味合わせてもらったぜ。

ちぇ。

肩がこわばろうが、足がわななこうが、
ビールは飲む。
パブロンだって黒ラベルで飲む。

とかやってちゃ、
ほんとうに浮遊感がすごいぞ。


夏先取りってゆうか、
今年に入って
いちばん最初にワタクシに
夏の到来を告げたのは
亀田製菓の柿ピー6Pパック
夏のマヨネーズであった。

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2006/04/27

ずぶどろの浅い眠り

またしても、とゆうよりいったい
これで何回目になるだろうか、
仕事で大きな失敗をやらかして
地球の裏側のブエノスアイレスまで
凹みに凹んだ。

それでもどうにかこうにか
つぎはぎだらけの仕上がりで
オンエアを終えて、
もはや賞味期限の切れた
おぼろ豆腐と化した我が脳みそと、
砂の詰まった麻袋みたいになった
我がカラダを
ベッドに放り込んだのが
午前8時半。

そっからずぶどろの眠りに
はまり込んでおりました。

疲れが取れきれないときの
カラダって、
なんか自分の肉体とゆう器の中で
生命のなんか水分みたいなものが
干からびて縮こまって
奥のほうに引っ込んじゃって、
カラダの末端から撤退しちゃってるような
そんな感覚がありますね。

カラダよりも生命が何周りも
ちっちゃくなっちゃった感じ。

ま、ワタクシの場合は
特別ヘタレなのかも
知れませんが。

ずぶどろだけれども
妙に浅い眠りのなかで、
夢はまったく
筋道はなかったけれども
その光景だけがひどく鮮明で、
見知らぬ景色が
あまりに活き活きとしており、
この地上に存在しない
架空のブランドの缶ビールが
下手な映画の小道具よりもリアルで、
そしてときどき
我がマブタを刺すように
閃光のような眩しい乱反射が
風景のあちこちできらめいていた。


じつは、こうゆう夢を見るのは、
会社に勤めていた20代の頃、
しょっちゅうのことだった。

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2006/04/20

その後のさくらホスピタル

komantarebu

ようこそ、さくらホスピタル跡地へ。


えー皆様のうちにはひょっとしたら
さきほど主人・キノタクが血迷って
更新した記事をご覧になった方も
いらっしゃるかも知れませぬが、
あまりに主題が重いうえ、
キノタクの家族のプライバシーにも
大きくかかわることであり、
ちょっと読み返してみて、
キノタク本人がどんびきしましたので、
ここはやはり当ブログのカラーを
守ってゆくうえでも、
皆様に公開するのは
避けたほうがいいだろうと判断し、
削除の至りとなりました。

「まだまだ修養が足りん」
そう云ってキノタクは
道場にこもってしまいました。

まあ、しかし本人の中では
すでに折り合いが
ついている様子でして、
もしも明日以降
更新が途絶えたとしても
それは精神的に
どうかしたわけではなく
たとえばご交際相手と
仲良くしていただいたり
しておるだけですので、
何らご心配には及びませぬ。


今後とも変わらぬご愛顧のほどを
宜しくお願い申し上げます。

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2006/04/19

赤いはさみとクララベル号

ぬくい。陽射しがとても。

きょうはなんでも5月上旬並みの
陽気になったらしくて、
そう云われるのも納得のぬくさであった。
陽射しに力があった。
熱と光と、それはエネルギー、って
中学くらいに理科で習ったことであるが、
ああなるほどって
いまさらやっと実感した次第であった。

あんまりぬくいんで、
ワタクシは、きょう、
キタにある仕事先から
難波千日前の取材先まで
ママチャリ型短距離強行偵察機
ナンホック号で
行ってみようかなと思いたった。

その距離6kmくらいだって。
田舎ならへえぷうで
チャリの移動距離ではあるが、
しかし街中ではけっこう遠いんである。
本町も心斎橋も通り過ぎるし。

リンドバーグの冒険に
較ぶべくもない、ささいな挑戦である。

でも現実は、やはりへえぷうで、
30分くらいですいすい着いた。
原付型中距離爆撃機
アドレスV100沈思黙考号
トリコロールSPLだと
10~15分くらいであるから
なかなかあなどりがたい好タイムなのだ。

運動不足解消にもなり、しかも
交通費がタダ。
そんでもって、ほんわか暖かい
昼下がりの街並みを
ガニマタでふらふら走るひととき、
プライスレス。

思わずカノジョにメールするくらい
気持ちがほぐれた。

思えばきのうは
仕事が思いっきりこじれて、
あちこち謝って頭下げての修正で、
それが12時くらいになって、
もうそれはズンドコのどん底の
テンションであったのだ。

この気分の乱高下、
はたして
まともなオトナの情緒であるのか
いささか自分でも心配であるが、
しかしそのトランポリンのような
気持ちの凹みと弾みのあいだで
どうにかバランスをとっている
今日の自分であった。


無事、取材先での打ち合わせを終え、
我が旗艦であるところの
ひとり乗りロケットに帰りつき、
ナンホック号の鍵を
新しく買ったキーホルダーの
リングに通した。

このキーホルダー、ひじょうにいい。
新しく買ったものとしては
すんなり手になじみ、
自分の生活に
違和感なく溶け込んでくれた。


たかがキーホルダーであるが、
しかしワタクシ、毎日使うものを
買い換えるのは
ひじょうに精神的に覚悟を伴うのである。

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2006/04/15

脈絡もなく経絡について

ねぶたい。
いよいよ本式にねぶたい。


やっぱり早起きとかムリだし。
仕事もないのに。

杜甫だか李白だか
陶淵明だか知らないが
あいつってすごかったと思う。
春はねぶたいって
大々的に歌い上げてブレイク。
そっからフォロワーのすごいこと。

唐詩とかって
テーマ的にすごいと思う。
視点がいいってゆうか
観察力があるよね。
友達が
遠くから来てくれたら嬉しいとか。

もちろんスタイルとしては
詩なんだけど、
エッセイとして成立するよね。

もうそれゆっちゃってんじゃん、
唐の時代に誰かがさあー、
みたいな気持ちって
すっげくあると思うのね。
感服するわ。


うそ。そんなに関心持ってない。

ま、でも、メディアが普及すると
表現手法って変わるのであって、
もう唐詩とかでアピらなくてもいいし。

そう云えば、
たとえばこのブログとかゆう媒体も
そうだなって思うんであるが、
「時に事実は小説よりも奇なり」とか
「絵葉書みたいな景色」
「映画のような恋」
「ドラマのような結末」
みたいな物言いってあるよね。

その伝で云ったら
「写メールのような空」
とかあってもいいと思うのだ。

写メールのような空の下で、
君はブログのような言葉で
本心を語ってくれた。
そのときの横顔を僕はいまも
ココロのSDメモリに保存している。

みたいな、な。

なー!!

ってこないだカノジョにしゃべったら
きょとんとされた。


話はねぶたいので変わるが、
同様に中国ですごいと思うことに
医学がある。

さいきんTVで知ったのだが
経絡ってWHOに
ちゃんと認定されてるのな。
ツボですよ。ツボ。
耳とか足の裏にごっそりあるやつ。

あれ、前々から超疑問。

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暁のスーサイド・トラップ

眼が覚めると6時半であって、
カーテンの向こうの世界は
薄明るい乳白色に曇っていた。

連日、同じバーで同じ酒で、
かれこれ3日が経っていて、
ゆうべは眠りについたのがたぶん
午前2時ごろであった。

ベッドの中からの
90度傾いた視界のなかで、
空は明けてゆくのか暮れるのか
これが一日の輝かしい始まりなのか
それともむなしい終わりなのか
しばらく判らずに戸惑う。

仕事はあるけれど約束はない。

もしもたった4時間の休息で
身体が事足りたのなら、
きっとこれは天啓であって、
きょうに為すべき何かが
待ち受けているのであり、
このままむざむざといつもの
長い眠りの裾を引きずる必要はない。

枕に耳を当てて、
レールの果ての
列車の響きを探すように、
きょうという一日の
たった一日きりの固有の振動を
かすかな予兆を探すけれども、
はたしてその先に
何も聴こえてはこない。


一日の予定を考えめぐらす。
10時くらいに仕事先に行けれたら
昼イチには一段落してそうである。
午後からちょっとにお出かけでも
しようか知らん。

むう。

ああもう、起きちゃえ、とかって思って
がばって起きて身ぐるみ脱いで
じゃばじゃば風呂浴びた。

頭がとってもかいいかったんだ。
こないだお風呂にいつ入ったのか
川島隆太教授でも判らないんだ。

バスタブに
熱めのお湯をちゃんと張って、
みろりろのバスクリンを溶いて、
わけもなく
「もーぐらはみんな土を掘るー
生きても死んでも土の中ー」
などとかえうたを本域で歌ってみる。


なんか、おっちゃんに
なったのかもなって思う。

だいたい若き日のワタクシを知る方は
いやとゆうほどご存知だろうが、
惰眠=青春であった。
青春が青かったのかどうか
目をつぶってたから判らないってくらい
まいにちまいにち寝てた。

なのにどうしてきょうは
すんなり起きちゃったのか。
寝てたらいいじゃん。

渾身の力でシャンプー。
短い指ででかい頭を洗うのは、
きっとみんなより
ほんの少したいへんなんだぜ。

ああでもよい。朝風呂。
杉村アサブロー。

誰。

ノーチラス号のようにいさましく
バスタブから浮上して、
ロンTとトランクスとゆう姿で
いまこうして書いている。

これから10時まで
何をして過ごそうかしらん。

じつをゆうとちょっぴり
また眠くなってきたのは事実であって
きっと天啓なんか
何もなかったのであって、
おなかがすいたからといって
ラーメンなんかつくって
食べた日にゃ
おそらく二度寝しちゃいそうでしてな。

交信終了と書いて
オーバーと読む。

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2006/04/10

敗北のディレイ・ゲーム

過ぎてゆく時間の中で 
ピーターパンにもなれずに
一人ぼっちがこわいから 
ハンパに成長してきた


む。


きょうからしばらくは降り続く
温かいけれども強い雨のせいで、
おそらく近在の桜は
あらかた散ってしまうのでありましょう。


かみしめて生きております。


何をかって云うと、それはもう顎です。

三十路にさしかかったあたりから
発症とゆうか、
そうゆう性癖を
身につけてしまっていて、
自分でもびっくりしたことのひとつが、
顎をかみしめるクセである。

なんかもう、ストレスが蓄積すると、
ってゆうかもっとありていにゆうと、
不安なことが待ち受けていたりすると、
無意識のうちにとゆうか、
寝ても覚めてもくわーって
顎をかみしめているんである。

基本的にストレスに弱い性格で、
たとえるなら金魚すくいのポイのような
そんな軟さで
日々を過ごしていたりするのである。

なので、
ちょっとでも緊張を強いる出来事とか
近い将来の予定があったりすると
それはもうテキメンにダメで、
イーってなればなるほど、
文字どおり口のほうもイーって
かみしめてしまうのであって、
それで気がつくと
めっぽう顎が疲労している。

あがががご あがががご 
あがががごごっぎごっごっごん

いつまでたってもしっかりできないのだ。
しっかりなんかできるわけがないのだ。

ないのふぁー。

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2006/03/29

鉄屑のレクイエム

32歳の彼女は今日も
歌を歌ってる 
IT’S ONLY MY TIME

こんがらがってた頭の中の
霧が晴れてく 
IT’S ONLY MY TIME

もう許してあげよう月を見上げた時 
あの日見かけた
アゲハが肩に舞い降りる


その日のことをその日のうちに
書けなくなっている。
これはどうしてかと考えるに、
たぶんその日の感情を
その日のうちに
整理できないからなんだと思う。


いろんなことができなくなってゆく。
たとえば絵なんかがそうで、
思ったままの線が描けないのだから
始末に困る。
ここ数年、落書き以上の絵を
描いてこなかったので、
頭の中にあるビジョンと
指先から描き移されてゆく輪郭との
ギャップがひどくなっている。

スケッチなどならまだしも、
想像上のものが
想像したとおりに描けないとゆうことに
気づいて愕然とした。

ふと思い立って、
オレだったらこうなりたい
オリジナルの仮面ライダーとゆうのを
想像で描こうと思ったが、
脳から指につながる回路が
すっかり古びていて、
まるで泥の中を泳ぐように
もどかしくままならない。

これがおちゃらけた動物さんの
イラストとかなら
まだ救いがあるのだ。
予想外のデザインになったとて
かわいらしかったりするから。

しかしメカとかからきしダメであるな。
オリジナルのモビルスーツとか
もう描ける気がしない。

ま、それをできたからって
何にも得しないのは
明白であるのだが。

知らぬ間に遠ざかっていること、
どうでもいいと放り投げてしまうこと、
限界を知ってあきらめてしまうこと、
いいかげんのまま
放ったらかしておいたこと。

そしてそれらを忘れて
楽しく暮らしてゆけるしたたかさ。

オレは、とかワタクシは、
なんていつも何も深く考えず
一人称で呼んでる自分とゆうものが
昨日から明日に続くだけの
きょうの生温かい塊が
すっかり固まって
もはや変化することのない
ひとつの自己なんかで
いられるわけがないのだ。

かなしい。


そしてワタクシは
FZのナンバープレートを外した。

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2006/03/26

迷子について理屈っぽく考えた。

おとといの晩、迷子を見かけた。

ワタクシはジャスコで
缶ビールとサーモンサンドと
明太子フランスを買って
短距離型探査機ナンホック号で
ぴゃーって
我がひとり乗りロケットへ向かっていた。

春先といえど、
まだまだ夜は冷え込むので、
ほんの数百メートルの距離を
早く帰りたい一心で
ジブリアニメに出てくる
思春期の少年みたいな速度で
立ち漕ぎしていた。

と、そのとき、
前方の路上の、
それも交差点のど真ん中に
子ども連れの女性のシルエットあり。

女性は、膝をついて、
うつむいている
男の子の顔を覗き込んで
なにやら心配そうに話しかけている。
年の頃5歳くらいの少年と
その母親といって
おかしくない感じの女性。

クルマの行き来の少ない
生活道路とは云え、
あまりにもオンザ交差点だったので、
ただならぬ気配に
ワタクシは急減速した。

なぜかふたりに親子らしからぬ
距離感を感じたからでもある。

ああゆうのってなんだろう、
生物的な感覚なのか知らん、
それともふたりの態度の
どこかに漂う緊張感を
言外に読みとったのか、
とにかく、あ、親子じゃなさげ、
と感じたんであった。

そしてそのとき、
女性の口から発せられた
「迷子になったん?」とゆう
ひとことがワタクシの耳に届いた。

わ。

怖いよ。怖いのよ、現代社会は。
子どもを狙う犯罪が
日夜多発しているのよ。
悠長に迷子になっていられる
場合じゃないんだから。

ワタクシは即座に
ナンホック号を再加速させた。

そして近所の交番が見える
交差点までGO!
さいわい、交番のなかに
のそのそ動く
ポリさんの紺色の背中を確認。

あの人らいてないとき多いから。

すわ、Uターンんんん。
子どもをあやしている女性のもとへ。
「迷子ですか」と
穏やかな感じで話しかける。

「ええ」女性は頷いた。
「こんな時間に子どもひとりで
出歩いてるしどうしたんかなと思って」

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2006/03/25

幸運な仮面ライダー

最近ラッキーだなと思うことがひとつ。
それは、仮面ライダーに関してである。

ワタクシは長じてからもなお、
仮面ライダー関連で
こしゃくに思うくらい
バンダイとバンプレストに
お金を払いつづけてきた。

それはもう単車に乗る以前、
高校生の頃自主制作で撮った
仮面ライダーのビデオ映画以来。
かれこれ十数年ずっとなんか
仮面ライダーって和む、って
思ってきたんである。

和む。この表現がふさわしいと思う。

もとより何かに没頭したり
心酔したりした経験のない人間で、
タロットをシャッフルしようが(中学生)、
エアガンいじろうが(高校生)、
牛乳ビンとかセーラー服とか
着せられようが(大学生)、
何をしていても
いつもココロの片隅では
もうひとりの自分が
傍観者を決め込んでいたとゆう
クール・ガイではあった。

なのでテレビとかに取材されるくらい
仮面ライダーを集めまくって
人生狂わせたりはしていない。

だが仮面ライダーって好き、とかは
はっきり自覚しているのである。
手に入れる=プラスの感情はある。

まあ変身はしたくないと云えば
ウソになっちゃうし、
夜な夜な仮面ライダーに扮して
湾岸とかを流してもみたいとは思う。

わずかに変態。

しかし3万円する変身ベルトは
買わないだけの
理性と現実適応能力あり。

変身とか企てる前に、
リアルの自分を
もっと強くせんかいってゆう
話でもあるし。

あれあれ、こんな自己分析は
要らないんであった。

とにかく仮面ライダーがあると
和むのであるが、
けして収入が
じゅうぶんなわけでもないので、
いちいち無駄遣いもしていられない。

よくないのは、
あのギャンブル性ですね。
食玩もガチャポンも。
シリーズのどれが出るか
開けてみるまで判らないってゆう。

仮面ライダー1号、それも旧1号しか
ほしくないのに、買ってみると、
Xとかスカイライダーとか。
海も潜らなくていいし、
空も飛ばなくていいの。
あほう。

それで、あるとき思い至って、
もう食玩とガチャポンは卒業!
って涙ながらに決心したのだ。

これが。この決心が。

タバコを吸わないので
禁煙の苦しみは判らないのだが、
こんなかも知れないと思うような、
なんかボディブローのように
ずしんと重く悲壮な決意であった。

今年32歳。


しかしさいきん恥ずかしながら
2回ほどスリップしてしまいましてな。

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2006/02/15

ペシミスト・コンピュータ

つくづく、タイホはされたくないと思う。


ま、いまのところ
その心配はないのであるが、
逮捕後の暮らしを思うと、まずもって
ワタクシのような人間には
サバイブできないなって思うんである。

ダメかなって思うのは、刑務所よりも
むしろ拘置所のほうだと思う。
朝が早いとか、規則正しいのが
すでに大の苦手であるが、
それよりも受け容れがたいのは、
無為に身体の自由を奪われたまま
何も為すべき作業とてなく、
狭い部屋でひとりぼーっと過ごすことである。

それって現在の生活と
大差ないのじゃないかと、
ワタクシをよく知る人は訝るだろう。

そうじゃないのである。

たしかにお金も予定もない休日、
日がな一日ごろごろ
ベッドの上で過ごしたりすることは
ないと云えば強烈なウソになる。

しかし、それは、自らの選択肢として、
その日は身体を休めることに
決めたのであり、またいつだって
自分がその気になりさえすれば、
いつだって着替えて寝グセを直して
街に出てゆけるんである。

それは、自由として選択された
休息のひとときだから
とっても心地いいし至福の時間である。
テレビもインターネットも本もゲームも
あまつさえお酒だってあるのである。

しかし、もう、選択の余地なしに
おまえ一日ここにいることねって、
テレビもインターネットも
本もゲームも、むろんお酒もない生活を
長期間強制されたら、
すんごくイヤだなと思うのである。

この二日ばかしそんなことを考えた。
ずっとマックと向き合っていたのだ。

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2006/02/13

如月のツートロ

きょうも仮面ライダー見逃した。
約束も何もないのに
そんな日曜の朝早くに起きれるか。


気がつけばトリノ五輪も仮面ライダーカブト
ワタクシの知らないところで、
着々と始まっていた、そんな2月である。

季節感とかは、いつも敏感でありたいと
強く願っているマイライフであるが、
森羅万象のサイクルとしての
春夏秋冬はともかく、
その他の年中行事とかはみょうに
自分自身の食いつきが悪いときがある。

人間都合でやっているイベントとかはね、
気持ちが離れちゃうと、
ぜんぜんどうでもよくなってしまう。

しかしかなしいもので、
世間がそのことで騒がなくなってから、
あーもうちょっと興味を持ってれば
ワタクシも一体になれて、
楽しかったかなって
ひとり唇かんだりしているのだ。

なので、トリノも見てみようと思ったら、
モーグルやってた。

上村愛子ちゃんのモーグルである。

見始めたら愛子ちゃんはとっくに滑っており、
ライブでは見れず、
なおかつもちろん予選で寝ちゃったので
決勝の熾烈な争いも見逃し、
さっきやっと
ダイジェスト番組で確認した。

すっげーな、
あんな高度差あんねんな。

などと素人丸出しの感想を持ちつつ、
ひとりけっこう見入る。

なんか、たぶん、
こうゆうひとりずつ挑戦して、
得点を競うタイプの競技って、
自分がよくバイク屋さんで
トライアルのビデオを
見せてもらっているせいか、
とっても見やすい。

あと、よく夜中にやっている、
Xゲームのノリとかでもある。

トラビス・パストラーナとか、
ネイト・アダムスとかのね。

愛子ちゃん、惜しかったね。
ジェニファーすごかったね。


で、見てて思うのは、
ゴーグルかっちょいいな、ってことである。
バイザーはないか、
あってもちっちゃいヘルメットに、
でかめのゴーグル。
あれがみょうにかっちょいい。

選手によってゴーグルのバンドに
銀のメタルテープを貼っていたのは
スポンサーとかそうゆうのんで、
ロゴを隠してるからかしらん?
それともなんか
ずれとかの対策やろうかああ。

とにかくあのゴーグルがかっちょいい。

さいきんXゲームの影響で、
オフのバイクの人の
ウェアとかってかっちょいいなと
じんわり思っていたんではあるが、
その延長線上で、
ゴーグルのあの縁とかがしぶい。

なので、ずっと、
ゴーグルばっかり見てました。

やばいです、買っちゃうかもです。

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2006/02/11

温泉のNAZZO

ひさしぶりなのか、今年初めてなのか、
そのへん気象マニアじゃないので
よく判らないのであるが、
今日は最高気温が二桁の
10℃となったらしく、
外をマイチャリ・ナンホック号で
疾走(うそ、ふらふら走り)していても、
お日様のぬくさを
頬っぺたで感じることができちゃった。

春、やっぱ近づいてるし。マジやばいし。

編集作業をしながら、
四季の中で春がいちばん好きなんです、
とゆうとオヤブンは、
革張りのソファに半ば寝そべりながら
「あほー、おまえ、秋の食いもんうまいぞー」
とワタクシを諭すのであった。

そんな会話で四季を戦わす32歳と40歳。


しかし、秋は胃袋を
満足させるかも知れないが、
春はココロを高揚させる。

あーもう。春よ来い。
そんで来たならずっといて。

これはまるで恋人を想う気持ちである。
早く来てほしい。
そしてずっと去らないでほしい。

オール・マイ・ラビング・春。

基本的に寒がりの着膨れのワタクシは
冬があんまし好きくないので
ことさらに春を待ちわびる。

春、好き。 だってぬくいし。


ぬくいと云えば、
以前からずっと謎であり、
そして未だに
原理がよく判らないことがある。

なぜ、人は温泉だと温まるのか。


今年の冬は、
雪害にぜーんぜん見舞われない大阪でも
さすがに寒波の襲来が影響して、
ワタクシは
家風呂すなわちバスクリンとゆう
万全の布陣で
お風呂に入っていたわけであるが、
しかしなぜあの粉末を
しゃかしゃか振り溶かすと
ぽっかぽかお風呂になるのか
そのへんの理屈がよく判らない。

単純ナトリウム泉とかあんじゃーん。
それって塩水とどう違うのか。
そう疑問を持ってしまうと、
ワタクシはそのうち、
バスクリンの代わりに伯方の塩を
溶かしてみたくなるのだ。

こないだそんな衝動で、
牛乳でチャルメラをつくったように。

いまはトマジューでチャルメラに
好奇心をめらめら燃やしているが。

なので、ほんとうに誰か
博識な方に教えていただきたい。
なんで温泉って温まるの?

えーと、山廃仕込み、ってゆう単語の
意味も不明だったのだが、
それは判りました。


こんなことを早朝5時30分に書いてみる。

きょうは建国記念日。わらかす。

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2006/02/05

ひとりぼっちの中華三昧

中華の調味料がまた
キッチンワゴンの上に増えた。

李錦記のオイスターソース(貝柱入り)と
ユウキ食品
金華ハムスープピ・ロイヤルストック。
そんでもってなんか
ラベルの日本語からして怪しい鎭江黒醋。
さいきん何かと注目度急上昇の黒酢である。

ささやかな衝動買い。


だが、これが。

ひじょうによいんですよ。

まだ黒酢は開けていないけど、
干し貝柱入りオイスターソースと
金華ハムスープピ・ロイヤルストックの
おいしいこと。役立つこと。

ゆうてもつくるもんは知れてるんであるが、
しかしこの戦力、すごい。
連邦でゆえばG兵器。
蜀の国でゆえば諸葛孔明かってな
そのくらい存在感があるのだ。


……やーそれは大げさでしたか。

ま、すごいうまいってことです。


事の起こりは、先日、
仕事の打ち合わせで
神戸・元町に行ったことであった。
南京町のすぐそばである。

打ち合わせが早く済み、
ワタクシとオヤブンはいそいそと
南京町に向かった。

時しも、春節、旧正月。
平日とは云えどけっこうな人手で、
通りでは大根餅が売られ、爆竹が鳴り、
龍の獅子舞みたいやつがうねり、
観光客は手に手に
ケータイのカメラ機能や
デジタルカメラや家庭用ビデオで
ばしばし撮影しまくりである。

とりあえず刈包などを
ふた口で食べつつ
しかし表通りの喧騒には目もくれず、
いそいそと中華食材店へ向かう
おっちゃんふたりであった。

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2006/02/04

節分メランコリー

暦のうえでは明日から春だとゆうのに
えらいことさぶい。
交差点の車のヘッドライトに照らされて
風花が舞っていた。
天気予報では
この冬いちばんの寒気団が
シベリアから
南下してきていると告げていた。


まるで陶芸の窯にくべる
薪の束のように
ジャスコのお惣菜売り場に並んだ
恵方巻バイキングに、
今年も訪れてしまった。

毎年思うんであるが、
店頭に並ぶ量が尋常ではない。
いつからこんなに流行ったのか、
そもそも大阪の人は
むかしから熱心なのか知らないが、
なんか、いきおいとしては、
「総員戦闘配置につけー」とゆう
号令がかかって、
全乗組員が武器を手に取る感じで、
海苔巻である。

このときにこれを食うべしって、
季節と直結した食べ物は
いろいろあるが、
ひとりで暮らしていると
どうもそのへんから
おろそかになってしまい、
ついつい季節感が綻びがちだ。

でも恵方巻はぎゃくに、
実家にいた頃はその習慣すら
聴いたことがなかったのだが、
こっちに出てきてから、
なんとなく毎年
食うようになった気がする。

楽だもんな。
買ってそのまま素手で持って
黙々と恵方を向いて
まるかぶりすればいいだけ。

でもまあ、しかし難を云うとすれば
かんぴょうとか玉子の入った、
いわゆるトラディショナルな
「太巻き」って
あんましおいしいと思わないのだ。

パンチ弱いよね。

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2006/01/31

チャルメラッテの走り

えーこのところ、転がる石のように
暮らしております。

そしてそれはけっこう大きな石です。


や、べつに、
各地を転々としてるとかじゃなくて
きっちり大阪市に根を張って
生活しておりますが。

きょう、深紅でぴかぴかの
新しいMUFGの
銀行カードが届きました。
ほんとにきれいです。

ちぇ。


書留不在配達の通知を
ポストに発見して、
すぐさま郵便局に引き取りに行ったら
「まだ戻ってきていません」とゆわれた。
まだクルマか郵政カブの中で
揺られてるってことでした。

そりゃそうだよね。
気持ちが急ぎすぎた。
それはワタクシが悪いんだけどさ。

もういちど配達にきてもらったから
それでいいんだけど。

でもなんでこんなにひとつひとつ
よけいな労力ってゆうか
手間ってゆうか、
回り道ってゆうかさああ。


人生はタフだ。

転がる石のように暮らしております。

ビニル傘だって、
仕事先に忘れてきました。


……はあああ。
ため息のひとつもつきたくなるよ。


さて連日そんな
凹みトークばっかりでは
どこにも行き場がないので、
きょうはこの企画再発進。

umaizzo2情熱的に独創的にそしてチープに
B級料理に挑戦しつづける少年、
きっちんBOYウマイゾー。
その腕前、小学生のプラモ感覚。

きょうの料理はおそらく
前人未踏ではないものの、
人によってはかなり
抵抗があるんではあるまいか。

しかしそのタブー感覚さえ
乗り越えてしまえば、その先に
白くてクリーミーでまろやかな
お子ちゃま味覚のワンダーランドが出現。

名づけて、「チャルメラッテ」でい!


……名前で何をしようか
判ろうとゆうものではある。

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19年前の応援歌

子どもの頃ちっとも
おいしいと思わなかったものが、
しだいにおいしいと
感じるようになってきた。

それはたとえば、
ヌタとか白和えとか、
粕汁とか、
ホタルイカの酢味噌和えとか。

そして、サザエの腸とか。

お魚がおいしくてとびきり安い
とある立ち呑み居酒屋で、
ワタクシは仕事終わりの夕食を
満喫していた。

オヤブンが自分の分も
サザエの腸をくれて、
ワタクシは嬉々としていた。

オヤブンは、魚も肉も
内臓系は好んで食べない人なのだ。

やー、すばらしい。
うまいし。サザエの腸。
日本酒とよく合うなー。

なんて眼を細め、
舌の上に気持ちを集中させていると、
お店にかかるラジオが
一曲の思い出の歌を流し始めた。

「……それでは、
聴いていただきましょう。
岡村孝子さん、昭和62年の曲で、
『夢をあきらめないで』……」


乾いた空に続く坂道  
後姿が小さくなる
優しい言葉、探せないまま  
冷えたその手を、振り続けた

いつかは、皆、旅立つ  
それぞれの道を歩いていく
    
あなたの夢を、あきらめないで  
熱く生きる瞳が好きだわ
    
負けないように、悔やまぬように
あなたらしく、輝いてね


ふいにワタクシは泣きたくなった。

てゆうか、いまこれを書きながら
ちょっぴり泣いている。

それはなぜかってゆうと
しこたま酔っぱらっているからでも
あるけれど。


19年前。

えっと、その頃ワタクシは
たぶん中学生になったばかりで
その年13歳になろうとしていて、
「ワタクシ」はまだ「僕」で、
思春期の入り口にぼーっと立って
へらへら笑っていた。

歌の意味も、歌詞の重さも
まるで実感していなかった。

むしろ、どうして夢はかなわないのか
真剣に疑問に思っていた。

アヒルの子が、
どうしてアヒルは飛べないのか
理解できないみたいに。


つらい。

19年前の応援歌は、いまになって
ワタクシの懐に
強烈なボディブローとなって
深くめり込んできた。

無責任に無邪気に放り出してきた
己のブサイクな過去は、
予期もせぬときに突然
ワタクシを訪れてきて、
おい、そんなんでいいんか、って
にこりともせずに問い質す。

そしてワタクシを突然、
真夜中の冬の道の上に放り出して、
世界一醜い
つくり笑いを浮かべさせるのだ。

ワタクシはぶざまに笑いながら、
何度もつぶやく。
「なんだこりゃ、なんだこりゃ……」

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2006/01/28

忘れ物サンダーロード

ピノキオは人間になるために
人間だけが持つと云われている
「心」を探して旅を続けていた。

それさえあれば人間になれると信じて。


だがピノキオよ、あえて云おう。
当の人間だってその「心」を
そんなにちゃんと持っちゃいないぞ。

人間性とかゆう高尚なところに
疑問提示したいんではない。

ま、持ち方である。
当方物心ついたときから
心を持ちつづけてはいるが、
どうにもその持ち方が危なっかしいと
自覚しはじめたのは
ここ数年のことだ。

あーそんな持ちかたしたら
落っことして割っちゃうよ!

ってゆう、ね。
この文のアクセントとゆうか
語調は
アルシンドになちゃーうヨ!の感じで
読んでいただきたい。

割っちゃーうヨ!

何がいけないって
おそろしく忘れ物をするんである。
予定とかは忘れない。
わりとちゃんとしてる。
しかしその予定に付随する
ありとあらゆる物品を
どっかに忘れて行動することしばしば。

きっと本人はその後の行動における
意思決定とかにとらわれてて
あれこれどうしようかとか
考えてるうちに
持つべき紙袋とか書類とかを
忘却してしまうんであろう。

こうゆう状況とか心境を
「心ここにあらず」って
ゆうんやろうかなああ。

たとえばたまの
(うそ、けっこうある)休日に
徒歩1分のコインランドリーに
洗濯物の乾燥しに行って、
取りに行くとき
洗濯物を入れる袋を
忘れることなど日常茶飯事。
あまつさえそのまま洗濯物を
数日の長きにわたり
放置したことさえあるのだ。

タオルばっかのときだったので
なんか緊急度が低くて忘却。
コインランドリーに行った時点で
ココロのタスクマネージャ終了。

無事回収したけど。

まあ、こんなんばっかしである。

自分でもやっかいなことに
いちいちそれがストレスなんよ。
そのつど凹み、
チクショーってゆってるね。

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2006/01/25

動物デビュー

知っている、ということと
わかっている、ということはまったく違う。

これが本日の日記のテーマである。
あまりに漠然とかまえすぎていて
うまく書き表せるかどうか
自分でも不安を感じるけれど、
とにかくそうゆう話である。

わかっている、という言葉を
もっと的確に云い換えるべきなのだ。

たとえば石について。
どこにでもあるような
河原に無数に転がっている石について
ワタクシが何か想像するとき、
たぶんそれは、情報のツールとしては
まちがいなく
「石」とゆう名札のついた箱である。

しかし想像の中には
掌に置かれた
石ころの重みも表面のざらつきも
陽射しを受けた温もりも存在せず、
つまりそこには石はないのだ。

だから「石」と書かれた箱は
じつは空っぽである。

だがワタクシはそれを
電子マネーと同じようにトレードし、
そして実在の石には
目もくれることもないまま
日々を過ごし、
チャルメラをふやふやに煮て
ずるずるすすったりしているんである。


きょうは雲の多い平日の午後が
ぽかんと手に入って、
正午頃ワタクシは
アクザワさんの運転席で
FM802を流しっぱなしにしながら
これからの数時間を
もてあまし気味にしていた。

陽射しは鈍くかげったり晴れたりを
繰り返しながら、どこか色が薄い。
カーラジオもぽやぽやとして
へんに薄っぺらい。

ま、そんなハイファイな音響では
もともとないけれど。

朝のおしごとが終わった日は
その後何も予定がないと、
無為に一日は長い。
ましてや前日の晩まで
右往左往しつつ、突貫作業で
VTRを仕上げていたりすると
その間延びへのギャップはすごくて
ワタクシはたとえるなら
浮き袋の膨張した深海魚みたいに
むやみに息苦しく
そしてなす術がない。

なので
世間がお昼休みの時間帯に
食後の一休みをめいっぱい楽しむ
おっちゃんらと並び、
書店の駐車場で
ささやかに途方に暮れるのであった。

ぽえー。ぽええー。

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2006/01/18

三万粒の中華おこわ

唖然。

えー、一昨日、
すなわち1月16日のたぶん夜くらいに、
我が迷走と後悔と
忘却と韜晦のブログを
ご訪問いただいた方々の人数が
述べ3万名様を突破しておりました。

筆者たるワタクシが
ふらふらぐずぐずうろうろとぼとぼ
ほっつき歩いたり
うずくまったり丸まったり
げっぷしたりあくびしたり
しゃっくりが止まらなくなったり
しているあいだにです。

いいかげんな人間なのに
それを自分で
まあいいかってなってないところが
往生際悪いし、
自らの精神衛生上もよろしくないと
さいきんになって思い至りました。

器がちっちゃいのだ。

そんなちっぽけな
ワタクシの器を
だらだら書き写しただけの
このブログに
千客万来の30,000ヒットですってよ。

ありがとうごぜえますだ。
ひらにー、ひらにー。

今後はですね、
中華おこわのような
ブログを目指してゆきたいと
完全にこの場の思いつきで
思っとります。

だが云いえて妙ではないか。
ないですか。

中華おこわ。うまい。
もっちりしててそこがまたうまいし。

でも、みんなとりつかれたように
毎日食べたりはしなくってよくて、
まあそれなりにうまいけど
予想を裏切るほどの
極上の美味でもなかったりする。

けれどみんなに
そんなに嫌われたりしていなくて、
たまに食べるとやっぱりうまい。

まあまあうまい。
そこそこ満足。

そしていつでもしっとりもっちり、
小腹がすいたときにぴったりの
そんなブログを私は書きたい。

そんな大それた野望を持ってみる。

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2006/01/12

旅とゆう名のマイセルフ

「とか何とか云っちゃってさ」
とゆう台詞を、
テレビから追放せねばなるまい。

これは話のとっかかりでも
なんでもなくて
きょうふとCATVとゆうのですか、
ケーブルテレビを観てたときに
気づいた、
ささやかな発見。

シチュエーションとしてはこうである。
かわいいめの若いオンナの人が
話し相手から視線を逸らせながら
おすましした演技で
誰かのことを
そんなふうに話すのである。

「あいつ、
……とか何とか云っちゃってさ」

「あいつ」までつくと
満貫で和了である。

全盛期の本田理沙か。
もういやいや。
21世紀なのよ。2006年なのよ。

ま、たぶんどっかの
旧いVシネマだとは思うんだが、
それにしても
アルファ社のMA-1みたいな
ある種の時代感を
もろに射抜いていたのであった。


90年代とゆうのが何であったのか
よくイメージできないままに
時は過ぎ、
青年はおっちゃんになって
もう00年代後半に突入。
こうなると
このディケードのテイストは
だいたい決まってきていると
思うのだが、そうなのか。

女の子のジーンズとかは
なんかそうゆう気もする。
クラッシュとかステッチの遊びとか
ポケット位置とかな、
00年代風味ってこうなんかなと
思ってもみたりする。
あとな、MP3とかの
デジタルオーディオプレイヤーな。
あれも00年代風味であろう。

いずれにせよ、いま皆様が
何の疑問もなく
まのあたりにしている物事は
きっといつか00年代ふうの
ワンシーンとして
リバイバルされたりするかも
知れないよってゆうことだ。

しかしワタクシは
トレンドウォッチャーでも
何でもないので、
10年分とらまえて
総じてそうかって問われると
自信はない。

ひるがえって自分のこととなると
00年代風味に
キャッチアップできてきたこと、
なんかあるのかって話である。

ま、ない。ぜんぜんあらしまへん。

だからすっごく他人事として
ぼんやり警鐘を鳴らすってゆうか
つまりは誰かが
あーそうかもーと思ってくれたら
嬉しいなってだけの話である。

いまが00年代真っ盛り。
どこへゆくのかニッポン。
それ以前に、
どこへ向かうのか
どこまでたどり着くのかマイセルフ。

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2006/01/09

しんどいおなか

お正月からこっち、
おなかがぼてぼてにもたれている。

近年稀に見るってゆうか
我がちんたら人生史上最強に
もたれている。

暴飲暴食が原因なのは
火を見るよりもあきらかだ。

しかし火を
なんで見なきゃいけないのか、
火を見たら
何があきらかになるのか、
よくわからないけれど
そうゆうことである。

そもそも根本に貧乏症がある。
明日をも知れない暮らし、
とゆう言葉ではいくらかコジャレてて
現実味に欠ける。
より生々しく表現すると、
収入の不安定な生活である。
食べ物が大事である。

まあしかしさほど深刻に
困窮に陥ったことはなくて、
調味料だけでごはん食べたりとかも
した経験があるわけではない。
少なくとも玉子か納豆が買えている、
って具合で生きてきた。
親にも周囲の人々にも感謝。
ありがとうござあますだ。

でも食べ物って大事である。
大事にしなきゃいけない。
残したりほかしたりしてはいけまい。

しかしなんでもかんでも
眼の前にあるものを
胃に放り込めばいいのではなくて
おいしく食べるとゆうことが
かんじんである。

そこへきて、我がココロは十代だが
さいきん胃ブクロがきちんと
三十代になっちゃっている。

もう何かね、そんなに食べれないのよ。

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2006/01/06

止まった時計

紺色の夕暮れのバスターミナルで
誰もが息を白く凍らせ、
肩をすくめ、それから少しうつむき加減で、
それぞれの家路へとつながる
電光掲示のオレンジ色の番号の下で
静かな列をつくっていた。

ワタクシはやはりバスへと急ぎながら、
新春の百貨店のガラス窓の向こうに
ちらと一瞬だけ彼女たちを見かけた。
知人でもない名も知らぬふたり。

ひとりはその売り場の店員で、
襟元の大きく開いた黒のスーツで、
丁寧にメイクされた笑顔で、
手馴れた様子で
商品のことを
もうひとりに説明して聞かせていた。

もうひとりは
綿の重たそうなコートに身を包み、
さっとうなじでまとめた髪に
銀縁の眼鏡で、
店員の顔などろくに見もせずに
ショーケースに視線を落として、
一心に買い物の検討を
しているふうだった。

何の売り場だったのか、
そこまでを見定めるだけの
時間はなかったし、
窓越しの彼女たちはサイレントで
唇をぱくぱくさせても
言葉は届いてこない。

ただそこに、
何の違和感も感じずに、
お互いの役割を演じる
ふたりの女性がいた。
海外小説の心理描写ふうに
一人称で書くとこんな感じだった。

あたしは店員で、あなたはお客。
だからあたしは
あなたに教えてあげてる。
今年の流行、この商品の魅力。
そして、売れ筋の傾向。
プレゼントならアドバイスもできる。
でもね、それはただの店員の言葉よ。
あまりあてにはしないで。
もうすぐ閉店だけど、この客がきょうの
あたしの最後の相手かしら。

あたしは客で、あなたは店員。
こういうものを買うのは、
恥ずかしいけれど慣れてないの。
だから教えて。
でもじつはいろいろ教えてもらうのは
あんまり好きじゃない。
それは長い口上のあとに
あ、そう、今度にするわ
って帰れない
気弱なあたしだからなんだけど。
まあ、たとえそんな客が
ひとりくらいいても
おかしくないんだけど、
そのひとりがあたしじゃイヤ。
とにかくきょうは
買って帰ることに決めてるから
気が済むまで説明をお願い。

それはお互いの予定調和の中で、
そして第三者の景色として
何の違和感も際立った印象もない
バーゲンでにぎわう
新春の百貨店によくある
ワンシーンでしかない。

だがそこによくあるシーンとして
すべてのお膳立てをととのえた
彼女たちふたりの背景には
続いてゆく生活と、
呼吸と、洗濯物とランチと、
税金と書類と、日曜日の青空と
真夜中の電話が隠されているのである。

そこにいっさいワタクシは登場しない。
ワタクシは
傍観者であり影法師であり、
ただの視点でしかない。
そこにワタクシは実体を持たない。

だが重みも質量もない
影であるワタクシは
そっとふたりを祝福するのであった。
幸あれ、と。


……とか、早く終わった仕事の帰りに
ぐるぐると考えていたら
きっと神経を病んでしまう。

いや、すでにだいぶおかしい気もするが、
まあ四六時中こうなので、
それは処置の
ほどこしようもないのかもなって思う。


バス停にたどり着いて、次のバスまでの
4分の寒さにたえる
ささやかな覚悟をする。
耐えろ、オレ。
燃えろ、体脂肪。
アルプスの高峰で見つかった
有史以前の狩人、アイスマンこと
エッツイは
もっとさぶかったに違いないのだ。

現在時刻は
バス停のLEDで示されているので、
あらためて見ることもないのだが、
早く時間が過ぎてほしい一心で、
ケータイの時計を見る。

去年の、おそろしい忙しさの
ちょい手前で、
ワタクシの腕時計が突然停まった。

あの、あっしは先に
お暇を取らせてもらいやすんで
大将は年の暮れも
がんばっておくんなせい。そいじゃあ。
とか挨拶もなく、
ま、ないのがふつうだけど、
ある朝10時35分近辺から
もうやめ、ってなってた。

困った。

困ってた。

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2006/01/03

90%のスイッチ

皆様、遅ればせながら
明けまして
おめでとうございます。
謹んで初春の慶びを
お祝い申し上げます。

旧年中は思いもかけない
おしごと祭りの開催により、
ごっそり更新が滞ったりして
ふがいない迷走と停滞のありさまを
呈したこのブログですが、
今年も果たしてどんなペースで
事が進むのかってゆうと
筆者たるワタクシにも
まったく予想がつかないのでありまして、
しかしていったい
どんな1年が待ち受けているのやら
想像もつかないのでありますが、
それでもふとした折りにでも
思い出して立ち寄っていただければ
光栄至極でございます。

長い一文で書いてみた。
とにかく不定期更新をやむなしってな
事態がいつ訪れるか判りませぬが
宜しくお願い致しますってことです。


年末の仕事が一段落したあと、
ひと息つくひまとてないいきおいで
滋賀の山奥に帰省しておりました。

ほとんど正月にしか帰らないのだが
ワタクシの生まれ育った
その田舎の村落は
NHK大河ドラマの
戦国時代のロケができるくらいの
おそろしい田舎である。
完全に時が止まっている。

だがそれはマテリアルなうわべだけで
ワタクシがこの街、大阪で
ふらふら過ごしただけの日々と
同じ重みの時間が
幾重にもやはり
降り積もっているのである。

そのことが毎年ワタクシを
新年早々複雑な気持ちにさせる。

ワタクシは人生とゆう大きな
フォッサ・マグナの上に立ち、
じりじりとたわめられ
沈んで溶けてゆく過去の大陸プレートに
気づかぬままで、
そのうえで平気な顔をしている
現在とゆう名のプレートに乗って
うつつを抜かしている。

そしてあるとき、
過去とゆう名のプレートは
そのたわめられた身を
急に引きずりのばして、
現在のプレートを揺さぶるのだ。

その揺れの前には
我が短き両足はあまりに頼りなく
ふらふらしていて、なすすべがない。

ワタクシは
突如引きずり伸ばされた過去に
いいように翻弄され、
おおいに揺れる。

ぐらぐら、ぐらぐら。

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2005/12/30

2006年よりの使者

火の用心のかけ声と
拍子木の乾いた音が
路地からふうわりと響いていた。
妖怪みたいにぼろぼろに破けた
提灯を下げて、
くすんだ屋台を引いて、
チャルメラを鳴らしながら
夜泣きのラーメン屋がのろのろと
通り過ぎていった。

そんなどことなくスピリチャルな
冬の夜の風物詩を聴きながら、
ワタクシは
コインランドリーの乾燥機のそばで
靴下のペア合わせに勤しんでいた。


もう年の瀬だなんて信じられない。

このところすっかり
自分を見失っていた。

とゆうかもう、
それはもんのすごいこと
身も心もずたぼろになっていた。

11月だってけっこう忙しくって
おりょおりょと狼狽し、
熱帯雨林ではぐれた
オランウータンの赤ちゃんのように
途方に暮れていたのであったが、
それどころではなかった。

いや、オランウータンの赤ちゃんが
そうゆう状況でじっさい
どのくらいうろたえるのかは
まったく知らないわけだが、
とにかくそれをはるかに上回った
31歳のクリスマス。

どのくらいかとゆうと、
こないだ最後に
我がひとり乗りロケットに戻って、
ベッドで寝たのがいつだったのか
思い出せないくらいであった。
きょうはひさびさに
自分のベッドに
沈むことができると思うと
とっても嬉しい。

ま、ちょっと、
それほど忙しかったのは
どうゆう事情かって
具体的に書くわけにも
いかないんであるが、
とにかくきょうオンエアの
80分の特番を一本抱えていて、
とあるえらい人を
追っかけていたのだが、
それが。

ちょっとありえないくらい
少人数での布陣。

制作、ふたり。

野武士の一団から村を守った
志村喬とその仲間達だって
7人いたのだ。

ふたりって。
火垂るの墓か。
ダーティーペアか。
白バイ野郎ジョン&パンチか。
なんでそんな無敵のコンビを
演じねばならないのか不明。

ふたりで特番をこさえるのが
どうゆうことかって
業界の人じゃないと
ちょっとぴんと来ないと思うので、
さいきんの話題でたとえると
姉歯元建築士が
疑惑のマンションそのものを
自力で建てるようなものである。

もともとこうゆう業界を志したのは
中学生の頃に
文化祭とかの前日の追い込みが
ワクワクして楽しくって、
それで、
嗚呼、毎日が文化祭だったら
いいのになーって思ったところに
端を発しているわけであるが、
いやいや、
大人の文化祭は甘くなかった。

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2005/12/06

アルバイトの亡霊

うたたねしてた。


そして過去の夢を見た。
自分が某百貨店のおもちゃ売り場で
アルバイトしていた、
長い学生時代の終盤の頃の夢だった。

ワタクシはいまよりか
ひとまわりくらい細身で、
びしっとスーツなんか着ちゃっている。
胸元には貝殻のような白い艶を持つ
プラスティックの名札。

孫のためのおもちゃ選びに苦心している
老夫婦がワタクシを見つけて、
すまなそうにあれこれ訊いてきた。
手にはその孫が書いたとおぼしき
メモが握られている。

Bの鉛筆で書いたメモ。
ひらがなとカタカナだけで、
句読点は文字と同じくらい大きい。
それをいっしょになって判読しながら、
じっくりアドバイスしてあげる。

ていねいに礼を云われながら、
一抹のさびしさを覚えていた。
夢の中のワタクシは
あと1ヶ月でアルバイトが終わりなのだ。

日曜の閉店前にはいつも
商品の売れ筋動向をチェックする。
朝数えたときとの在庫数の違いを
計算するのだ。
まあこれが、アルバイトの身としては
いちばん重要な業務ではある。

けれどもいまワタクシの手もとには
そのデータ用紙はない。

詳しい事情は夢の勝手さで
よく判らないけれど、
あと1ヶ月の出勤は、
それはもう正規の勤務ではなくて、
云わばおまけのようなものだった。
4年間続いてきた
アルバイトのしめくくりは、
約束の1ヵ月後まで
ただなんとなく売り場にいることを
許されているだけのもので、
もちろん給料は出るにせよ、
ずいぶんと所在のないものになっていた。

宮澤賢治が
そういうものになりたいと
書いたみたいに。
苦にもされず、頼られもせず。

ほかの売り場のおねいさんたちは
それが本業であって、真剣なのであって、
いつもより楽ということもない。
ただワタクシだけが、
まるで亡霊のように、
そこにいるだけで
いいということになっている、

誰からもあてにされず。
世間話はするし、
仕事を手伝えば感謝もされる。

けれどもワタクシはそこにもう
いないも同然なのであって、
誰からも重視されず、
何かに組み込まれる予定もない。

こりにこった恭しい敬語で
お客様と接しながら、
しかしワタクシは亡霊だ。
そこにいる誰とも時間を共有しない。


おなかがすいて目が覚めた。

そして泣きたい気持ちが
おなかから冷たい空気になって
せり上がってきた。

寝たままだからせり上がってないけど。
平行移動だけど。

ワタクシは「もがー」とも悶絶しながら
散らかりまくった
ひとり乗りロケットの中で
小さく転がった。

過去の夢を見るということは、
ときにとてもさびしい。

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2005/12/05

カーラジオから2005冬

短い歌、と云うと皆さんは文字どおり
短歌を思い浮かべるだろうか。

この味がいいねと君が言ったから
ミルクコーヒー色の長江

混ぜてみた。

サラダとコーヒーを混ぜてみた。


きょうも大阪市は
最高気温が二桁にならない
さぶい一日でしたが、
ここでさぶいネタを
ついでに書き留めておきます。

それが、短いウタ。
終わらない歌ではなく、すぐ終わるウタ。
ワタクシの知人はいくつかご存知でしょうが。

字で書いても
もひとつ伝わりにくいので、
ぜひ、口ずさんでください。
歌詞の該当する部分はそのまま
元通りの音階で歌えるように
つくられております。

1)「タイガーマスク」1ラウンド秒殺KO ver.

白い マットの タイガーマスク♪

2)「瀬戸の花嫁」電撃結婚ver.

瀬戸は日暮れて だいじょうぶなのー♪

ここまではまあ我々兄弟の
持ちネタっぽいところもあるわけですが。
さあこっからが新作。

3)「夢で逢えたら」昏睡ver.

夢でもし逢えたら 眠りつづけたい♪

おそまつさまです。

あ、べつに耳新しくないっすか。
そっすか。


まあ原点は、
スネークマンショーじゃないと思うけど、
なんか子供の頃聴いた
友達のカセットテープで、
仮面ライダーV3のテーマだったような気がする。

赤い赤い 仮面ライダーV3♪

ってゆうね。

コード進行の構成上(知ったかぶり)、
こんなふうに歌い出しから
サビの終わりまで一気に飛べる曲って
わりとあるような気がする。

いちど、編纂したいと思うので、
お気に入りの曲とかで
これもできるよってのがあったら
皆様どうぞカキコして下さい。
ワタクシの持ちネタとして、
ピン芸にしてゆきたいと思っております。

注意点を挙げるとするならですね、
あのね、サビ始まりの曲は
あんましおもしろくないです。


さて、アクザワさんが
我が家にやってきて以来、何かとぞっこんな
暮らしをしております。

ビバ、クルマ。
とくに冬の嵐の中では、
その壁とか屋根のありがたさときたら。

キタラ・キタラ・キタラ。

情けないことに
ここまで寒波が押し寄せてきていると
アドレスV100沈思黙考号
トリコロールSPLには
ほとんど乗らなくなっていて、
玄関の靴箱の上のスコーピオンのヘルメットは
まるで沈没船のキャビンに沈んでいる
海賊船のキャプテンのどくろみたいに
静かに時を刻んでおります。

で、めったに同乗者のいない
レールを外れたジェットコースター
アクザワさんには、
いままでのヘルメット的生活にはない
ひとつの恩恵がありました。

それは、カーラジオ。

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2005/12/04

バスクリンの涙

JR東西線の地下道から
階段を上がってくると、
出かけるときにはそれでも
穏やかな雨模様だったのが、
やかましいほどのいきおいの
霙になっていた。

アスファルトや歩道に散らばった
溶けかけの氷の粒は、
まるで地面まで
鳥肌を立てているみたいに
ざらざらしていた。

数歩先を上がっていた老人が
困ったように振り向いて
「さっきまで止んどったのに」と
ワタクシに話しかけてきた。

透明のビニール傘を広げながら
ワタクシは肩をすくめた。
「霙ですよ、さっきまでは雨やったのに」

老人はそれでやっと、
雨粒が地面を叩くときの音が
ふだんと違うのに気づいたようだった。
「おお、ほんまや、珍しいのう」
老人は話好きのようだった。
「おかしな天気ばっかりですよ、今年は」
ワタクシは愛想を云った。
老人は戸惑いがちに笑った。
「ほんまや、異常気象やな」

そこまで話してワタクシと老人は
地下道入り口の軒下での
短いあいだの交流を終えた。

霙は秒ごとにいきおいを増していて、
雷鳴が頭上で轟いて、
夕方にさしかかる前の灰色の空を
青白く染め抜いた。

ワタクシはますます肩をすくめた。
突然の冬の嵐に対して、
ビニール傘はあまりに頼りなかったが、
それでもこう思えば
気はいくらか楽になった。
「ちょっとばかり派手に濡れたって、
どうせいつか乾くだろう」

「いつかなんとかなる。
終わればどうでもよくなる。
濡れたコートだって
いつか乾くみたいに」

これがさいきんのワタクシの
トラブルへの対処術だ。
なさけないけれど。


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2005/12/02

おそろしい11月だった

おそろしい11月だった。
それはもう
気持ちの余裕とかまるでなく、
しきりにとゆうか
のべつまくなしにとゆうか
とにかくひたすら
右往左往とか周章狼狽をつづけ、
豊中市某所で
アクザワさんの左スライドドアを
電柱にめりこませたりしていた。

休みがないだけじゃすまなくって、
これが。

これが仕事のクオリティにおいても。

これ以下はないってくらいに
仕事で下手を打ったり
怒られたりもしていたものであるよ。

全般的にどうも
おのれの腕を疑わずにおれない
事態の連続、それが11月だった。

ロケ先ではプロデューサーに
おまえは今後
どうなってゆきたいのかが見えないと
懇々とお叱りを受け、
目の前のたらいうどんの味が
しなくなった。

また別の番組では
翌朝OA予定のVTRの出来が悪いと
午後7時に云われ、
再撮影再編集決定。
急遽取材先や
リポーターちゃん、ENG、編集室などに
電話をかけまくり、
翌日の予定を後延ばしにして
もいちどしきりなおしだったりした。

予算が1本分しか出ないのに
経費がまるっぽ2本分
かかっているわけだが、
そうゆう損得勘定は置くとしても
関係全方面に
もれなくご迷惑をかけてしまい、
はっきり云ってこんな
はつらつとしたテンションで
書いていていいわけはないのであり
正直死にたいくらい凹んだ。

そして「死にたい」とひとりごちては
うっかり神様のお耳に届いて
こんなときだけ願いを
聞き入れてくれると困るので
秒殺で「……うそ」と
虚空に向かって訂正を入れる
毎日であった。


そうこうするうちに師走だって。
誰のせいなのよ。

や、誰かを責めたい気持ちが
とくにあるわけじゃないけど。

けど。平成淀川おしごと祭り・冬の陣が
ようやく中入りを迎えましてな。

で、12月である。2005年も
あと残すところ一ヶ月とゆう
大詰めを迎えちゃったのだ。

だが秋をあんまし満喫していない
ワタクシにとっては、
もひとつ実感が湧かぬのである。

ま、根本で31歳ってゆう
自分の年齢からして
いまだに実感が湧いていないので、
それが12月だからと云って
どうだというのかとゆう疑問もあるが。

あ~あ。行楽シーズン棒に振っちゃったよ。
せっかくアクザワさんとゆう
全天候型移動マシーンも
手に入れたとゆうのに。

温泉行きたいなー。
海鮮食いまくりたいなー。
海老とか蟹とか主に甲殻類を。
そんで冷酒飲んで倒れたい。

ほげー。ほげえー。

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2005/11/16

霜月の紛糾

抜けるような青空を見上げて
地下鉄の駅からの階段を上ってくるときに
からりと乾いた枯葉が一葉、
冷たい風に舞いながら、
亀田三兄弟のオヤジさんが投げた
ピンポン球のように、
一直線にワタクシの頬を切り裂いてきた。

さぶい。

こらえようもなくはないけれど、
これがどうしてかなりなさぶさである。
ここ数日でいっきに冷え込んだのだ。

そんでもって気忙しい。
気がつけば11月も半月を過ぎて、
散らかった部屋と
定まらぬ視線と
落ち着かぬ気持ちと
散漫な集中力を抱えて
さぶさの初夏をおろおろ過ごしている。

いわゆる年末進行とゆうやつですね。
平成淀川おしごと祭り、
冬の陣のはじまりである。

ワタクシのような業界の末端で
うおーうおーと呻き声をあげながら
右往左往している者にとっても、
なんかきっちり
年末進行とゆうものは
やってきておりまする。

ま、初めての年末進行とすら云えるかもだ。
いままでなかった気がするし。

で、気忙しい。

「気忙しい」とゆう形容詞を
さいきんワタクシはおのれの
茶碗蒸し風味のふるふるの脳みそから、
具のギンナンの実のように
ぼろっと掘り返してきて
それがいみじくも
ずばり現在の心境であると
ひとり感じ入りましてな。

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2005/10/27

白昼夢マン

ヴィム・ヴェンダースや
テリー・ギリアムが帰ってきてくれて、
この晩秋から初冬にかけての銀幕は
なかなか楽しそうでよいと思うし。

アジアの片隅の
城塞都市にいる夢を見ていた。
そこはカルチェラタンの
カタツムリじゃないけど、
都市の中心から同心円を描くように
放射状に街並みが広がっている。
上空から観ればきっと
円形の迷路都市とでもいったふうで、
道路はすべて
ジグザグに入り組みながらも
ほぼ何かの標的のように
渦を巻いているのが判るはずだ。

その中心に大きな鐘楼があって、
一枚の額に入った絵が
飾られている。

その絵は、ひとりの若い乙女が
ちょうど額縁が
狭い箱の枠でもあるかのように
身を屈め、膝を折って
窮屈におさまっているという構図。

その絵に描かれた乙女の
面影を持つ女性が、あるときこの
渦巻きの町に生まれ、
そして成人の日を迎える。
そのとき彼女は
額縁の中で息を潜めている
身体のしなやかな乙女に
生き写しに成長していた。

彼女は薄暗い鐘楼の中の、
自分にそっくりな絵をそっと細い指で触れる。
すると、重い石臼を挽くような音が
遠くから響いて、額縁の中の絵が
奥へと引っ込む。
そこには、まるで
小さな石櫃のような空間が口を開ける。

そこにできた空間に彼女は
何を思ったか己の身を滑り込ませ、
絵の中の乙女と同じポーズをとる。

そのとき大地が鳴動して、
渦巻きの都市は回転をはじめる。

この渦巻きの都市は、
じつは巨大かつ精巧なパズルで、
道路を切り込みにして
それぞれの区画が
がちゃがちゃと
からくり錠のように入れ替わり、
ふたたび、番地や隣近所は
でたらめに入れ替わったけれども
また元のように同心円状の
整備された都市が復元されるのだった。

その町の一角にワタクシはいた。
もうそれは目が回ること。
だってものすごい速さで、
町じゅうが席替えタイムなのだ。
あまりの遠心力に
振り落とされまいと必死である。


F1がホームストレートを通過するときと
そっくりの音で夢から覚めた。

……んぷううわあああん、って音である。

我がひとり乗りロケットは
地上10mの高さに着陸しているので、
そんな音が路上から聴こえることは
めったにない。

そのうえ、そんな速度で
走り抜けられるような道路には
面していないのだ。

他の交通の音だって
ここにはそう届くものではない。

いやに近くでそれは聴こえた。
もうほとんど、
部屋のTVからくらいの距離感で。

なんじゃこりゃ。
ありていに云って、考えうるのは
幻聴か。

31歳とは思えないファンタジーな夢を見て
そんでF1に、
モントーヤとかに起こされる。

こんな調子ですが、正気でしょうか?

と思ったら、そのモントーヤな音の正体は、
あまりに調子が悪くて
きょう変えたケータイのメール着信音でした。

びびったー。


毎日遊びすぎて、
仕事がのっぴきならなくなってきました。

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2005/10/24

チゲツーと若葉マーク

結論からゆうと雨であった。


いったいこんなに遊び呆けていて
明日の我が身はだいじょうぶなのかという
あたりまえの疑問はあり、
事実だいじょうぶではなかったりする。

この場合明日ってのは
あゆの歌詞とかに出てくる
遠回しな未来の意味じゃなくて
カレンダーの上であした、死ぬほど
脳みそを沸騰させねばならないのは
判っているのだが、
それらもすべて為すがまま。

ただ我がひとり乗り用ロケットの操縦席で
いくつもの流れ星を眺めつつ
ぼーっと衛星軌道を回っているよりは、
船外活動をしたほうが
いくらかでもマシであろうもの。

いや、たかだかある日曜日の出来事に
いちいち人生とゆう大きな亡霊の影を
見てとんんなくたっていいじゃないか。

ツーリングに行ってきました。

いつも公私共々、ってゆうか
近頃ではすっかり「私」メインで
お世話になっているバイク屋さんの
月イチのイベントDAYである。

一部の読者で、現実のワタクシを
望むと望まざるとにかかわらず
よく知っている方々はご存知かと思うが、
ワタクシ、公道最速とかそうゆう、
いわゆるちゃんとした「バイク」ってのを
いま所有しておりません。

いや、この言葉には語弊があって、
じつはすんげーカスタムバイクを
持っているのですが、
それは長いこと車検切れです。

なので今回も、ツーリングと云えば
すなわち、我が愛しのアドレスV100
沈思黙考号トリコロールSPLで
出動するより他はない。

で、それで行ってきました。またしても。

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2005/10/23

歓迎、アクザワさん

きょう、ワタクシは
バイク街乗り用のグローブを
A-Wシーズンのに替えました。
いきった書き方をしてみましたが、
要は冬用グローブです。
しかもじつは自転車用のなのだ。

冬用グローブってバイク用のだと
あまりにもこもこしていて、
それがワタクシのような
S(8)サイズの指でだと、あたかも
アニマルパペットみたいになっちゃうので
具合がよろしくない。
そんで自転車用の
究めつけウィンターものを
使っているんであるが、
これでも時速2桁kmまでは
そして極寒期までは使用に耐えます。

それ以上になるとどのみち
自分自身が使用に耐えないので
これでじゅうぶんではあるまいか。

それにしてもジェットコースター並みの
急転直下のきりもみで
いっきに秋が深まりましたね。

もうこうなると
情緒どうとかってゆうよりも
率直にさぶいのであって、
ひじょうに残念であるが、
しかしカレンダーを見たらもう、
10月も終わりかけだってよ。

そら、ま、さぶいわな。

めくるめく早さでもないのだが、
それでもちまちまその日の出来事を
書きつづってては間に合わないくらい
太陽がスピーディに
ヒンズースクワットをしています。

そしてワタクシもなんか
ぽえーっとしている間に
あれやこれや。

まず、クルマですが、これについて
ちゃんと書かねばなりません。

無事、ワタクシのものとなりました。
平成3年もの、走行7万kmの
ホンダアクティ。

これまでも、
総計100kmに満たない
ささやかな範囲ではあるが
ちょいちょいクルマには乗ってきた
ワタクシ。
バイクの免許から遅れをとること
まるっぽ10年、ようやくマイカー人に。

これで日本中どこにでも
行けちゃえるようになりました。

クルマすげーよ。
まず、他の何に
いちばん近いかってゆうと
バスタブに近い。

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2005/10/17

飛ばなかったロボット。

報道ステーションを観ていて
知ったのだが、
いまのラリーの人(WRCとかってやつ)の
ヘルメットってかっちょいいのですね。

左頬の側がマイク内蔵のおかげで、
寄生獣のミギーの触手のように、
うにょーって口もとまで伸びていて、
アシンメトリーになっているわけですね。

ウルトラマンの援護をしている
たぶん公務員の
警備隊の皆さんみたいでシブい。

そして阪神VSロッテという、
子供のころから夢だに見なかった
未知数の日本シリーズが
実現した今夜。

ワタクシは
オハイオ州コロンバスに向けて
英文メールの下書きに
悪戦苦闘しております。

日本に代理店も
フランチャイズ出店もしていない
とあるメーカーに
取材許可申請を
しなければならないのだ。

なんかはじめて仕事上で
海外と接点ができたのであった。
てゆうか私生活でも
アのつく合衆国と接触するのは
たぶん憶えている限りはじめてである。

きえー。

それがだからと云って
自分のキャリアアップにもつながらず、
いままでと何ひとつ変わらない暮らししか
いや、ややもすると
それさえ約束されていないんであるが。

英語なんか
まったくふだん使う機会がなくって
ラピュタのロボット並みに
錆びついているうえに、
ビジネスメールなんてしたことない。

ボクの英語は、
飛ぶことのないまま朽ちた
ラピュタのロボット。

オハイオ州コロンバスって
たぶんFBIとかあった気がする。
それ以上の何のイメージも情報もない。

調べたら、比喩でもなんでもなくて
まるきり地球の裏側なのだ。
オハイオ州コロンバス。

想像しきれないので思い描くのは中止。

FBIの皆さん、ポン酢と湯豆腐の国から
はじめまして。つつがなしや。

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2005/10/13

教えてくれるボイス(後)

とくにそんな夢も
持ち合わせていないけれど、
たぶん、こんな人は
宇宙飛行士にはなれない。
かくも無計画、ゆきあたりばったり。
計画性のNASA、なんちてー。


せっかくトラック借りてバイク積んで、
やる気まんまんで望んだのに
停めるところがないなんてよ。

おわー。

しかたないので、ってゆったら、
信用してバイクを預けてくれた
ビグムーニ氏に申し訳ないが、
近所のマンション建築工事現場の前に
路駐することにする。
ここなら明日のお休みに
車の出入りはないだろうし、
灯りが点いていないので目立たない。

きやー。

しかし、部屋に戻っても
単車が気になってしかたない。
けっきょく眠気が襲う午前1時まで、
ほぼ1時間おきに自主警備。

眠れぬままベッドのうえで
もぞもぞして数時間。
朝5時に眼が覚めるなり、またしても
着替えもそこそこにバイクを見にゆく。

バイク、無事だった。
もうぜったいこんなことはすまいと
固く心に誓い、準備をして北へと向かう。

途中、ハーブチーズ牛丼などの
豊富なメニュー展開で知られる
ジャンク丼チェーン「すき家」にて朝食。
カウンターで隣りに坐った
白人との混血と思しきおっちゃんが
もう死ぬくらいむせかえっていてたじろぐ。

やーそれでも普通車トラック、
ライトエース、エンジンでかいからよく走る。
たのしー。

朝7時半ちょい前、このイベント参加の
言い出しっぺ、学生のハムタローの住む
学生寮に到着。

ハムタローは早くも起きていて、
ちょうど荷物を
持ち出しているところであった。

さわやかに余裕風味の挨拶を交わす。
そんで、
「バイク積みやすいようにトラック
向き変えてください」とゆわれ、
平気の平左でUかまして、
まんまとバンパーと左ドアをこする。

がりがりがり。

でも眠いので気にしない。
トラックってあんまり
細かいことゆわれないはずだと信じる。
ビグムーニ氏も合流し、みんなで
会場へ出発。

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2005/10/12

教えてくれるボイス(中)

あんまりワタクシの到着が遅いので、
このどんくささをものすごくよく知っている
バイク屋さんの店長は、
「どうした? 何かあった?」と
メールさえ送ってくれていました。

申し訳ありません。
お金がおろせなかったのです、
と、頭を下げ、
修理代をちょっと待ってもらう。
ほんますみません。

日本中の人がおそらく知っている
大銀行ふたつの合併作業が、
ちっとも頭に入っていない、
国内経済難民。

明日の草レースにそなえ、
トライアル車を整備。
その後、去年の夏やっとこ取った
普通車免許を駆使し、
トヨタレンタカーにトラックを借りにゆく。

明日(10月10日)の草レースには
なんとこの野比のび太級に
どんくさいワタクシが
お友達のバイクを積んで
トラックを運転するのだ。

朝が早いので、前日に積み込みしといて、
皆いったん寝に帰って、
そんで明日の朝7時とかに再集合ののち
出発ってゆうプランである。


きやー。こわー。

ふざけて書いているが、
いままでいろんな事故を経験してきた
この身としては、
正直、我が運転技術に
全幅の信頼は置きかねるのであって、
マジで怖い。

しかし、びびることにも
周囲をびびらせることにも
何のメリットもないのは百も承知。
薄笑いでトラックを借りにゆく。

どうにかこうにか、レンタカー店から
バイク屋さんまでの100mくらいを
運転に成功。

今回草レースに参加するのはワタクシと、
友人ビグムーニ氏、そして言い出しっぺの
学生ハムタローの3人であるが、
このうちハムタローをのぞく
ふたり分のバイクは、
前の晩に積んでおくことにしたのであった。

しかし、まあトラック借りとけばいいや、
くらいにしか段取っていなかった
いいかげんなワタクシをつぎつぎ襲う
いくつもの臨機応変。
てゆうかその場逃れを要求する準備不足。


一見完璧に思えた我が作戦であったが、
これが。

陥穽だらけ。

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教えてくれるボイス(上)

気がつけばキリン「秋味」が姿を潜め、
サッポロ「冬物語」が
店頭に並んじゃっている。

できれば圧倒的なホスピタリティで、
いくらかの精神的余裕さえ残して
人と接していきたいと
考えているのであるが、
なにぶんなんやかや保留しっぱなしの
未熟な人格で、それで
皆さんにもたれかかりつづけて
毎日が過ぎている。

なんでもかんでも
「あ、いいよいいよ」とゆって
生きてゆきたいが、
そうは問屋が卸さないみたいである。

逆に誰かの行為とかを利用できるくらいの
図太さをも同時に手に入れたいとか
ふと脳裏をよぎる思いもあるのだけれど、
画策したってはじまらないくらい
自分が小心者で困っちゃっている。


連休からこっち、流浪のタマシイは
あっちゃこっちゃお世話になり、
ほつれながら回る毛糸球のように
遠くと云っても知れている先へ
転がって今日に至ります。

土曜日に、旧友の結婚式にて
若者に青臭い語りを入れつつ酔っぱらった
ワタクシは、もはや仲間内では
たったふたりだけになってしまった
「独り者」の友人宅に泊めていただく。

また琵琶湖岸で鍋しようとか、
故・開高健氏がこよなく愛した
福井の民宿「こばせ」に
いつか泊まりに行きたいよなああとか、
基本、遊びの相談。
あきらかに大人気ないよもやま話に
オオイヌノフグリのような花を咲かせつつ、
獏睡(バクのように眠る)。

宇宙ステーションの夢を見る。

そんな31歳。

居住区と作業区が別々のステーションで、
そんで朝起きると居住区よりも
ひとまわり大きめの作業ステーションに
小型ロケットで移動して、なんか内職みたいな
作業をみんなでするのだ。

作業ステーションにはアジアの片隅のように
粗末な寝床兼店舗で行商をしている
貧困層の人さえいる。

で、あるイスラム系の商人の住処の裏手に
謎の鉄扉があって、そこを開けて
長く薄暗く無機質なコンクリの通路を
走り抜けると、そこは、
あろうことか地球なのであった。

とゆう夢。
眼が覚めると、そこは、
世界でいちばんリラックスできる
我が寝床ではなく、
友達のうちのソファベッド。

びびった。見当識障害。
すっげええ寝心地よかったのだ。

10月9日、日曜。

ゆうべ着ていた、
個人的には北野武や
ジャッキー・マイヒーロー・チェンの着こなしを
参考にしたスーツ(礼服)に
ふたたび袖を通し、近所の饂飩屋さんにて
食べすぎる。

もうかつての頃のように
うどん+おにぎり+天ぷらはしんどいのだ。
それでちょっぴりがっくりしながら、
かつて青春時代をすごしてきたのと
変わらぬ青空を見上げつつ、
大津を後にする。

あの頃とまったく変わらない、
残酷なまでに冷静に、空虚に、
なぜか我々の焦りを誘う、安寧の秋晴れの空。

ほわー。

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2005/10/09

いまも旅路の半ばで。

世間では3連休であるが、
ワタクシにとっても3連休であって、
フリーの身の上としては
それでだいじょうぶなのか
ちょっぴり心配だ。

しかしこの連休には
嬉しいことも楽しいことも
いろいろ待ちかまえていて、
それはそれでいいような気もする。


きのうは滋賀へ、
かれこれ15年来の友人の
結婚式に出席してきました。

おふたりへ。
こんなときは無難で陳腐な
寿ぎの言葉しか書けませぬが、
仲がいいことがいちばんだと思うので、
いつまでも仲良くやっていって下さい。

いやいや、、そんなことを
お願い口調でゆうのもおかしいけれど。
仲良くやれたらいいいですね。

いかんな。他人行儀で。

思うに幸せのビジョンが貧弱だから
それ以上の何かを祈ってあげることは
できないんかなあ。

さいきんはときどきしか会わない友人達が
どんどん結婚してゆくのだ。
ふしぎとそこに焦りも危機感もないし、
逆に自分が結婚する日なんか
想像もつかないので、
ぜんぶ祝いの文句に説得力がない。
とほほ。

職業柄、結婚式のビデオ係なんか
頼まれちゃっていて
それで13時に会場の最寄駅で
新郎と合流の約束をしていたのだが、
ワタクシの致命的欠陥である
段取りの悪さが足を遅らせる。

礼服のベルトがないのである。
礼服そのものに関してのドタバタは
先日触れたとおりだが、
そのときにベルトの所在が
判んなくなっちゃっていたのである。

急遽、100円ライター型マンションの
まさしく向かいにある
雑貨・文房具店にて購入。
が、しかし、これがあせっていて
サイズなんか未確認。

じつはこれがLサイズ。

いちばん細くなるホールでも
まだ15cm以上余る。
慌てて我がひとり乗りロケットに戻って
ベルトをカット。
まんまと電車に乗り遅れる。

そんなこんなで駅で待つはずの新郎、
先に会場入り。後を追うことになったのだが、
きっちり招待状を忘れていて
お店の名前すら判らない。

駅で待つタクシーの運転手に
聞いたところ、
有名店のようで安心。

「いやあ、招待状を忘れちゃってさー」
とっさに東京アクセント風味で
運転手さんに話しかけるほどの姑息さ。

しかしまあ、なんとか
間に合ったんでよかった。

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2005/10/07

グリやんのお店

国道2号線のドン・キホーテの近く、
片側一車線の細い道を曲がって
すぐのところに、そのお店はあった。
昭和の面影を色濃く残す
こぢんまりとした
2階建て一戸建てのその外観は、
看板が出ていないと
ちょっと喫茶店とは判りにくい。


きのうの昼下がり、
ワタクシたちはおしごとの関係で
西宮市夙川にいた。
前日までの激しい雨がウソのように
澄みきった秋晴れの空の下で、
小一時間ほど時間をつぶす場所を探していた。

しかし、2号線のあのあたりって
意外と喫茶店がないものである。
しばらくクルマを走らせつづけた
我々の眼の前に、
忽然と、しかし密やかにそのお店は現れた。
まるでオアシスを求める砂漠の旅人が
蜃気楼にその影を見てとるように。

このお店が、しかし本気で
現実感のないお店であった。

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2005/10/05

フラワーK、ミルクM。

ひさしぶりの雨で
ずいぶん気温が下がったけれど、
それでもまだ、9月末並みの暖かさらしい。

けれどもきょう仕事先の近くの
民家の塀の向こうに、
ワタクシは秋の兆しを見つけた。
それは鈍色の景色の中で
ひときわ鮮やかな
オレンジ色のドットを浮き上がらせ、
雨にも流されずに
かぐわしい香りを放つ
キンモクセイの花であった。

キンモクセイって人によっちゃ
お手洗いの芳香剤の匂いとしか
思えないらしくって、
ぜんぜん好かれていないようだけれど
ワタクシはことのほか好きである。
ことさらに好きである。

実家の裏庭にもなんか植わっていたし、
いま住んでいる
100円ライター型マンションの、
云い訳程度のエントランスにも
背の低い木が一本生えていて、
なんかワタクシの暮らしに
ひっそりと近しいんであった。

ワタクシは意味もなく
バウアー捜査官のように険しい眼差しで、
もったいつけて
その見知らぬ家のキンモクセイを見上げ、
まったく不必要な感慨に
耽ってみたりするんであった。

……秋じゃんね。

れろれろれ。

自分を衝き動かす空前の
おにぎり&サンドイッチブームの狭間から
こんばんは。

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2005/10/04

十月の偏心2

ワタクシのダメ人間自慢はなおも続く。
続きたくないのではあるけれど、
偽らざる日常劇場として
自分で展開しちゃっている
オリジナルのシナリオなんだから
しかたない。

しかたないのかなああ。

とほほ。


このまえの土曜日、
三匹めの子ブタ・ウーの誘いで
3兄弟+次男坊の嫁さんで
またもや食卓を囲んだ。
ウーが実家に稲刈りに帰ったさいに
近所に落ちてた栗を
わんさか拾ってきたとのことで、
栗ごはんと秋の味覚の宴と
洒落込んだのだ。

この訪問にはもうひとつ理由があって、
以前次男坊に貸していた礼服を
引き取りに行く用事をも兼ねていたのだ。
この次の週末に十年来の友人が
またひとり結婚しちゃうんであった。

当初帰るつもりだったのが、
夕方6時から6時間
ちんたら「クレヨンしんちゃん」観つつ
飲み食いしてたら
けっきょく泊まっちゃった。

朝7時ごろ起きて、
腹部の尋常ならざる膨満感で
苦しみつつも、弟くんたちが出かけるので
自分も出ることにする。
お呼ばれしたお礼に、
梅田の2TAYAまで
ビデオとDVDを返しに
行ったげることにする寛大っぷり。

ま、お呼ばれして泊めてもらったんだけど。

事態は梅田へと向かう電車の中で、
詳しくゆうと阪急宝塚線普通梅田行きの
服部を過ぎたあたりで発覚した。

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十月の偏心

十月だというのに
汗ばむ夜があったりして、
まったく地球の行く末が
気懸かりであるが、
ワタクシとしては己の行く末を
もっと短いスパンで
心配せねばなるまいというところである。

思うに、人間て
どんどんディフォルメされてゆくってゆうか
コントラストがきつくなるってゆうか
ダメなところはどんどんダメになって、
個性に磨きがかかっちゃうような気がする。
自らの観察を通して
そのへんを鋭く解き明かしてゆくのが、
このブログの目的になりつつある。

あるのか。

こう、なんですか、エンジンのクランクのような
鋼の削り出しのですね、
艶やかに硬い金属の塊が、回転軸で
ぐわんぐわんと回っているところを
想像してください。

その回転に微妙なぶれが出てくると、
それは時間を経るに従って
ごんごんとぶれがきつくなって
眼に見えて楕円形の軌道ってゆうか
カウボーイの投げ縄みたいな
変な回り方に。
すなわち偏磨耗してゆきますね。


それが人間だよね。

だんだんぶれてくのさ。

ワタクシはと云えば、もう
軸が一本折れて
要交換になったくらい
ぶれにぶれまくっております。

まず、いろいろキライなものが増えた。
キライってゆうか生理的嫌悪なのだが、
鯉と鮫が嫌いだって気づいちゃった。

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2005/09/30

GTが流れていた

海寄りテレビにひきつづき、
韜晦テレビ、ってゆうダジャレを思いついた。
名古屋近辺では
きっとみんなふつうに
悪口として使っているんだろうなああ。

なんてたわいもないことを
書いているうちに、
きょうで9月も終わりだったりする事実に
ただ愕然。

え、そんな本日9月30日正午頃
当ブログの訪問者様の数が
累積25,000名様を
突破いたしました。

ブログ開設からおおよそ13ヶ月。
さいきんは「平成淀川おしごと祭り」や
「秋の大凹み形」などの
自然発生的キャンペーン実施により、
月に何日も書けないような体たらくで
忸怩たる思いで
じくじくしておりましたが、
今後とも時間の許すかぎり、
取るに足らないよしなしごとを
ちまちまと書きつづってゆきたいと
思っております。

今後もお仕事や勉強の合間、
ココロのスキマに、
ふらっとひつまぶしに
見ていただければ
さいわいでございます。


さて、ワタクシはゆうべ、
よりによって混沌の地・ミナミにおりました。

思えばこれは2年前も同様で、
戎橋の夜景に浮かび上がる
群衆のシルエットは、
こっけいなくらい「宇宙戦争」なんかの
パニック映画のそれを彷彿させた。

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2005/09/28

メメント・もりもり

きょうはおしごとがお休みでした。
そしたらきっちり3食たいらげてしまった。
依然として食欲旺盛である。
育ち盛りか。


AM09:30くらい。朝ごはんとしてカレー。

納豆ごはんとカレーライスと
どっちにしようか迷いながら
レトルトカレーを温めつつ、納豆を混ぜる。

場当たり的にカレーをごはんにかけ、
あわよくば納豆カレーとして後半から
納豆の合流を考えていたのだが、
結果、カレーが
ことのほかよくできていたので
ごはんをぜんぶ食べちゃって、
納豆with玉子は
そのままずばずばと食べる。

この逆はたぶんつらかったはずなので、
自らの戦略が正しかったのだ。
でないとまた一膳多く
ごはんを食べる羽目になる。

お昼。PM02:30くらい、
ぜったい朝のが
ブランチになるはずだと思ったのに
マクドに入って
ベーコンレタストマトバーガーセット。
よりによって
いちばん入ってはいけない場所にいた。
しかもサイドメニュー、芋。
おおお、また芋食ってる。
これで3日連続。自分が信じられない。

夜、さっき。PM10:30くらい。
こんなに食べつづけていてはやばいと
思いつつも晩ごはん。
さすがにカロリーとか気になったので
草鍋をつくることに。
まだお鍋は早かったみたいで
汗をかきかき水菜とニラともやしを
わしゃわしゃ食べる。
お鍋は狭いキッチンで立ちながらなので
猛スピードで鍋3杯分完食。
もちろん片手にビール。

どうしちゃったんやろうかああ。
あるいは、このように考えるのは
おぞましいことであるが
「どうなってゆくんやろうかああ」。

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2005/09/27

500円ポテチとガンダムのライン

昨日に引き続き芋を食べた。
お芋さん、大好きである。
サツマイモさんとは
生来あんまり親密ではないが
しかしじゃがいもさんには
ふだんからかなりの親しみを感じている。

それも500円ポテチ。
こちらの輸入菓子コーナー参照)


おそろしいほどの高値。
しかし購入。
何なのかしらん
ストレスたまっているのかしらん。

生産地はあのお芋さん大好き大陸の
アのつく合衆国。
国産のポテチよりも厚切りで
ミネラルたっぷりの海塩と
ひまわり油を使用の
オーガニックチップスなんだって。

スタバにこれのちっちゃいの
売ってた気もするが、なんとNET140g。

わーこれでビール飲みたいと思って
よくよく値段も確かめずに
レジに持って行ったのが失敗。
しかし後の祭り。
税込525円。

さいきんおなかがおっちゃんになって
ポテチひと袋一気食いはとうてい
胸がムカムカしてできない。
しかも500円もするから
ちびちび食べればいいのに、完食。

塩が甘くってまろやか。
芋の厚みが
生協とかで売ってる野菜チップス風味で
まあまあうまかったです。


しかしまだおなかがすいているのだ。
食欲の秋よ、
おっちゃんにどうなってほしいのか。

白米とゆうか銀シャリとゆうか
味もそっけもない
塩とノリのおにぎりを
口中に頬張りたいなああ。

眩しい陽射しを受けて、
草いきれを感じて
グラウンドのそばの土手でぱくついた
小学生の頃のように。

万年補欠だったけど、野球。

でもそれは真夜中の31歳にとっては、
とってもいけないコース。
キレンジャー街道まっしぐら。

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2005/09/26

そうだ、芋を焼こう。

忘れないように書きとめておく。

このあいだ行きつけのバイク屋さんの
お店の奥のTVからニュースが流れてて
「救助隊の必死の救助にもかかわらず」
ってアナウンサーがゆってた。

救助が「必死」では
いかんのじゃないか。必ず死ぬ。

必死、とゆう言葉も使いようであって。

これは完全に言葉のあやってゆうか
揚げ足取りでしかないが、
そして局でゆうとそれはずばり
近頃なにかと話題のNHKだったのだが。


必死にとってかわる表現ってないかなああ。
「一生懸命」でも、
これはややもすると死にますね。

そのへんが日本人の
精神的土壌に根ざすとか、
そうゆう飛躍した推論に持ってくつもりは
ぜんぜんなくて、ただたんに思うのは、
がんばることの悲壮感て
おかしいんじゃないかなってゆう
ささいな疑問である。


閑話休題。

夜や朝の涼しさが、
完全に季節の移り変わりを
告げていますね。

我がメインの交通手段
アドレスV100沈思黙考号
トリコロールSPLに跨るときは
長袖でなくてはさぶいくらいである。

その涼しさが気持ちをそぞろにさせる。
冬がくる前にもっと多くの景色を
見ておかなければならない。

夏のあいだはあんなに暑くて死にそうで
何にもする気が起きず
できれば外には出たくないと思っていたのに
勝手なものである。
これをキリギリス病とでも
名づけていいと思う。

いいんだ、バイク乗りの秋はひと月早く
春はひと月遅いのさ。

走れ走れ時は短い。


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2005/09/25

六畳一間のアウトブレイク

台風の強い風が関西に秋を運んできた。
めぐる灰色の雲を
両腕に重たそうに抱えた空は
膨らみすぎた風船のように
少し色が薄れて、
草木染めの
ガーゼのハンカチみたいだった。

寒いくらいの空気に僕は
Leeのウェスタンシャツを羽織った。

そんな連休の最後の日に
為すこともなくひとり。

ぽえー。


部屋をば、
我がひとり乗りロケットの
コクピットをば、
ちょいちょこちょい掃除してはいるのだが、
いっこうに片づかない。


31歳の成人男子として
もっとスタイリッシュに暮らさなければ
とは思うのだが
どうも精神構造的に生活習慣的に
達成しえない。

ずっと、どこかから
ちっちゃな虫さんが飛来していて
ワタクシとコンソール類のあいだに
ひゅうひゅうひゅと飛んできて
それはうっとうしいとゆう事態が
8月くらいから続いていた。

あんまし部屋にいない時期が長く
対症療法的にキンチョールさんで
くちゃい毒霧を噴きつけて
殺していたのだが、
ついにキンチョールさんのほうが
こときれた。

で、本腰を入れて掃除。
何が何でもやつらの巣を発見して
根絶せねばなるまい。

とか思って、いちばんアヤシイと思われる
食糧ストック箱の底を掘り返したら
あっさりと
ヤツらの繁殖ポイントが見つかった。

黒ずんでいた。
なんとか県産とだけかろうじて読める
ビ二ール袋の中の謎の野菜が
原形をとどめないゲル状になり
黒ずんでいた。

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2005/09/24

秋の大凹み形

半年にいちどの
昼と夜の長さが同じ日がめぐってきて、
しだいに足元の自分の影が
長く、けれども薄くなってゆく。

ラバーソウルの爪先に貼りついた
自分の影を蹴飛ばすように
ふたりの女の子が歩いていた。

赤いランドセルに
まだ30℃を超す陽射しを受けて。

「ユカちゃんとあたしはな、
幼稚園の小さい組に入った頃から
幼なじみの親友やってんで」

女の子の、少し背の高いほうの子が
得意げにもうひとりに話しかけていた。
むかし流行った玖保キリコ
マンガの主人公みたいな笑顔だった。

ユカちゃん、と呼ばれたほうの女の子は
松本引っ越しセンターの
CMに出てくるような顔立ちをしていた。

ふたりとも小学校2、3年生くらいに見えた。

ユカちゃんは笑いながら
「いまは?」とだけ訊いた。

すると女の子は
かねてから用意してあったように
よどみなく宣言するように答えた。

「いまはなあ、すごすごすご大親友」

ユカちゃんはそれを聞いて
心のそこから嬉しそうに頬笑んだ。
愛されていると感じるときにしか
人が見せない種類の
たっぷりと甘い果実のような笑顔であった。


……だいだいだい大親友、
じゃないのか。

すごすごすご、って。

その横を、後輪の空気が抜けたままの
ナンホック号に跨って、
きこきこと走り抜けていった、
彼女達の景色の一部がワタクシです。

近くの女子高がどうも学祭の時期らしく
湿度の高い青空に
かなり大きなボリュームで
一世風靡セピアの代表曲がかかっていた。

「海には海の世界があるし
そしてふたたび潜らずにはいられない」

うろおぼえで口ずさむ自分はそれをなんか
とっても深い詩だと思ってみたり。


ゆえあって、とゆうか
重なるいくつもの理由から
どろどろしたものと戦う毎日です。

秋の心と書いて愁いと読む。

忙殺とゆうほど忙しくはないのだけれど
なんか心に秋の大凹み形。
何をやってもうまくゆかなくて
砂をかんで
口の中がじゃりじゃりになってたり。

そんなことをいちいち書いてても
おもしろくもなんともないのだ。

とかって思ってたらこんなに更新が
滞ってしまいました。
トドが凍ってしまいました。

むう。

自分とゆう偏りの商品力を
ぼんやりと分析しなおす時期。

「○○の秋」っていろいろありますね。
ワタクシにとって
現在の秋の順番は

1)読書の秋
2)食欲の秋(おもにビール)
3)スポーツの秋(トライアルのバイク壊し中)
選外)芸術の秋(芸術わかんね)

ってなってる気がする。

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2005/09/14

デイズ・オブ・ダイズ

ささやかな日々の
変わり映えしない繰り返しの中で
いくらまんべんなくかき混ぜているつもりでも
ふと何かがダマになっている。

均一に混ざらないのだ。
そうゆう意味で自分の暮らしって
つくづく天動説だなあと思う。
我がひとり乗りロケットは
どこにも飛んでゆけないのだ。

とりわけそう思わされるのは
コンビニの棚からいっつも
おんなじ組み合わせのおにぎりを
カゴに放り込んでいるときだ。

屠りたいな、こんな予定調和。

ラッセル・クロウみたいな
渋面を浮かべながら
しかしクロウの
たった2時間の波乱に富んだ人生では
ぜったいに銀幕の中に現れないであろう
ぱっとしない食卓。

ホールインワンばかりのゴルフ。
パットしない。
ファーストとキャッチャーがいない野球。
ミットもない。

屠りたいな、こんなダジャレ好きのセンス。


さてさいきんワタクシの天動説の暮らしで
ずっぱまりなものがあって
それはダイズ。

運命を決めるダイスではなくて
畑のお肉こと大豆。

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2005/09/12

ナンホック号の漂流

残暑の緩やかなペースダウンを
横目で見ているうちに
ジェット気流の速さで
したり顔の9月が
とっくに10日以上過ぎていた。

スペシャから流れる
HIGH and MIGHTY COLORの
英語はむちゃくちゃで
それはすっかりワタクシがなくした
いろいろのあたりまえのものごととの
最初の出会いの酸っぱさだ。

ワタクシはナンホック号とゆう名前の
ペダルのついた筏に乗って
赤信号と赤信号のあいだを
ふらふらと漂流している。

やばい傾向だ。
もう世界中のどこにも
おいしいインスタントラーメンなんてないんだと
すっかりあきらめきっちゃった。

だがそれがどうした.
ワタクシは明日もきっとおなかは空くのであり
インスタントラーメンを
食べるしかなかったりするのだ。

や、比喩ですけどね。明日は外メシだし。

つまり、だから書いてゆくのである。
この「一休みさん」とゆう名のブログを。


ワタクシは、どうも
名前を重視しない人間であるらしい。

たとえばナンホック号とゆうのは
ワタクシが「我がひとり乗りロケット」こと
100円ライター型のマンションの向かいで
購入した、中古の自転車の名前だ。

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2005/09/08

さよならルーソー

夢とゆうものは如実に
さいきんの自分のライフスタイルを
映し出すものだと思った。

夜明け前に突然おなかが痛くなって
夢と現実の狭間で
寝ぼけ眼で書いとります。

夢打ち際からおはようございます。


ここ2日ほど続けてDVDを観て
ひとり暗い部屋で
泣いたり笑ったりしていた。

「カンフーハッスル」で泣いちゃった。
前作「少林サッカー」に続き
だっさいおっちゃんおばちゃんが
めっぽうやたら強いってゆうその演出に
涙、涙、である。
どうも歳をとると涙もろくなっていけない。

で、あんましこう視界が
ふだんと劇的に変わるような環境に
いなかった。

そしたら立ちどころである。

トライアルの練習をしに山に行くと
たいていその晩か次の晩には
山の中の一人称の視点での景色を
夢に見ているような
おぼろげな記憶がある。
いわゆる「見た目」の映像の夢だ。

対してTVやDVDや映画をよく観ていると
視点は画面の外の観客で
あまつさえ自分自身が登場せず
架空の世界の人物達のことを
ごていねいにカット割りつきで
観ちゃうんであった。

ふだんはこんなこと覚えていないけど
急に眼が醒めたからね。

さっきまでの夢の中でワタクシは
ある巨漢の青年の恋物語を眺めていた。

自転車に乗ればかならず
「自転車がかわいそう」と云われるくらい
あきらかに圧倒的にデブで巨体だが
気はやさしくて力持ちな
学生ふうのシャイ・ガイが
ひとりのやんちゃな女子高生に恋をした。

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2005/09/05

台風のガレージ

さっきファミマに行ったら
その途中の屋根つきガレージに
風雨を避けて談笑している
3人の青年達を見かけた。

折りしも、台風14号じりじりと接近中。
これがかなりの規模で
各地に被害をもたらしそうで
予断を許さないってゆうか
いろいろ心配ではあるが。

彼らは見たところ二十歳そこそこで
いずれも学生ふう。
こう云うと
表現に語弊はあっちゃうけれども
毎晩真夜中につれもって
騒いでいるたぐいの若者の
スタイルではないみたいだった。

やだやだ、こんなこと云っちゃうと
すっかりおっちゃんではあるまいか。

3人は明かりのない
コンクリの地べたに坐りこんで、
かたわらには350mlの発泡酒を
それぞれ1本だけ置いて
おたがい向き合って楽しそうに話している。

トタンの壁に
彼らの張りのある笑い声が響いて、
少し離れても聴こえていた。


台風は彼らにとって
何の脅威でもないようであった。

まあたしかにこの地域で
甚大な被害は
出なさそうではあるけれども。

おたがいの顔も見えない暗がりが
砂埃の浮いたコンクリの地べたが
そして1本きりの発泡酒が
彼らにとっては
六本木ヒルズでさえ
遠くおよばない
快適な砦なのだろうと思えた。

六本木ヒルズ、
遠くから眺めたことしかないけど。

透明なビニール傘の柄に
パンとポテチと缶ビールを提げた
おっちゃんは
なんか彼らが羨ましかった。

そこにかつては自分もいたのかなと
思いをめぐらせながら
ワタクシは家路を
とぼとぼとたどるのであった。


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2005/09/02

真実のループライン

朝から揚げ物しか食べていない
最悪に不健康な食生活の日であった。

それも気づくと単価100円とゆう
哀しい共通項によって
それらはチョイスされていたのであった。

されていた、って、まあ
したのはワタクシの
さもしい倹約意識であるが。

朝:100円セールできのう買ってた
ミスドのココナツチョコレートと
ダブルチョコレート。

夕;フェスタ海老江の100円セールで
迷わず購入した
フライドチキンふたつと
ミートコロッケ(3つで100円)。

飲み物適宜。晩ごはんは秋味2本。


財布に優しく身体によくないメニュー。
うっかり本能に従うと
ワタクシの三流の本能は
ろくなことをしでかさないとゆう典型。
ビバ、理性。

しかも秋味って
なんかふつうのビールより
味が濃いいだけでなく酔いも早く
(や、たぶんそれは気のせいだけど)
酔っぱらってさっきまで寝てた。
胸がムカムカするばい。

きょうはずっとPCで作業の日でした。
後輩くんの自主制作ビデオ再編集。

すなわち社会に貢献もしていない。


あーしまった、区役所行くの忘れてた。

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2005/08/29

わかもとあかだま

体調を崩してしまった。


ゆうべ、弟くんからメールがあり
すき焼きするから来いとのこと。
ふたつ返事で向かいました。

なんでも
義妹ちゃんになる人の実家から
佐賀牛のいい霜降りを
1kgもらったのだそうです。

なので3兄弟+お嫁ちゃん1人で
真夏のすき焼き。

これがなかなかいい肉で。
ひときれがぶあつくて
頬張ると口中が牛になる。

いや、まっことおいしかったです。
しあわせでした。
ごちそうさまでした。


と、そこまではよかったのだが
ずいぶんいいピッチで
呑んでもいたので
弟くん宅で夜を明かすことにして
居間の床にごろ寝していたら
明け方頃から
おなかがいたいのだ。

むうん、
これは冷えたかなと思っていると
なかなか
おなかの上にやってきた雷雲が
遠のかない。

ひさびさにクリティカルな感じで
おなかをこわした。
せつないくらいに腹痛。

朝起きたとき弟くんに
「わかもと」と「アカダマ」を分けてもらい
Wチャージで飲んで
仕事に向かうのであった。

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2005/08/26

ママチャリズム

おしごと祭りのあいだは
ほんとうにオーバーヒートしていた。
余裕がないと人間はダメですね。

たとえば手書きで何か
したためようとする。
「ポテトチップス」と書こうとしたとする。
すると、アタマが焦りすぎていて
「ポテト」の「ポ」を書きはじめる前に
「テ」を書きなさいと指示しちゃっている。

その結果我が愚直なる左手は
混乱をきたして
「テ」を1文字めに書き、
そこに半濁点を
つけちゃったりするのである。

携帯の番号をメモするときも
かならず9から書いて
ひとりで戸惑っていた。

そもそもカラオケで
手拍子を合わせられないほど
リズム感のないワタクシであるが
完全に
生活のリズムを失っていた。


そしてそんな日々が続くあいだ
必死に覆い隠していた
ワタクシ本来のぐうたらな気性は
祭りの終焉とともに
がばっと養生シートを振り払って
もごもごと隆起してバツザンガイセした。

そんなわけで2日間ほど
この地上に存在しなかった。

ありていに云えばごろ寝してた。


これではいかんので
きょうはたまった用事を
ひと息に片づけることに決めた。

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2005/08/24

また、秋味を飲みながら。

平成淀川おしごと祭りが
大盛況のうちに終了。

つかれた。


ワタクシは
器のコンパクトな人間なので
自分のしてきたことを
謙遜などはあまりせず
むしろ誇張して自慢したい。

だから
すっげええしんどかったのだ、
と書いておくことにする。

ややもすると命懸けであった。

ごばーんとブログの日付が
空いてしまったが
このくだらない走り書きのような
うわごとのような文章でも
じつは推敲していて
だいたい1時間はかかるのであって
それははっきり云って
いやぼんやりぼかして云っても
ちょっと時間がとれなかった。

寝食を忘れる、とゆう言葉があるが
まさにそんな感じであった。

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2005/08/12

平成淀川おしごと祭り

期間限定おしごと祭りが
最高の盛り上がりで開催中である。
なのでものすごく眠たい。

こないだの更新っていつ?
どうやらさくっと軽い食感で
一週間が経過してしまったらしい。
おわー。

世間様のお盆休みを完全に裏打ちで
スカのリズムでラッパ鳴り鳴りで
BPMかなり速めでおしごと祭り。

何がサマーソニックなものか。

いや、行かないけど。

あのですね、
いろいろ起きておるのです。
はじめてひとり乗りロケットの
前の路上から見た
平成淀川花火大会がまるで
「宇宙戦争」の
ワンシーンだったこととか
愛すべき郷土の隠れ名物
サラダパンに
偽者が登場したりとか。

くやしいなああ。
書けないのが。

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2005/08/03

ボンベイ・サファイアの謎

いつまでも自分が
10代の頃と同じような質の悩みに
直面したりしているのは
歓迎すべき出来事ではないだろう。

たぶん。


依然として仕事は煮詰まっており
あれやこれや
現実と狂気の狭間で
謎の出来事が勃発しております。


まずはワタクシの記憶が正しければ
おとついの早朝の出来事であった。

早朝と未明とのあいだ。
夏真っ盛りと云ったって
まだ空は
群青色に染まっている頃合である。

たまにそのくらいの時間まで
起きていたりもするのだが
その日は常識的に寝ていた。

消防車の鐘とサイレンの音が
眠りの中にまで聴こえてきて
気味の悪い夢になって眼が醒めた。

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8月という名の耐久レース

むせかえるほどの
圧倒的な緑色で生い茂った
歩道の木々の葉陰から
姿も見せずにセミたちが
今宵を明日を
生命のかぎりと鳴きしきる。

その声が
耳をつんざくばかりに反響する
8月の訪れです。

ビバ、夏。

おかしなことになっております。
驚異の4本同時進行。
おしごとが、です。

なのにお昼寝とかしてしまうのは
怠けたいからではない。
いやたぶんとゆうか
間違いなく怠けたいからなんだけど
そこはびみょうにいろいろ
事情があっちゃったりするんである。

すなわち純然たるルーティン作業で
ただ面倒がって
先延ばしにしているものもあれば
少しも完成図が見えずに
あえぎもだえ、もんどりうって
ただむなしく横たわり
呻吟するばかりの状況も
ままあったりするわけだ。

いずれにせよはかどらず。


まあとにかく鈴鹿8耐
観に行ったりしている時点で
危機感が欠乏してはいるな。
それも中抜けで
必死こいて会議とか戻ってまで。

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2005/07/30

予選と決勝のあいだに

ナシゴレン、もしくはロコモコが
むしょうに食べたくなる日がある。

きょうがそうだった。
どうも目玉焼きを乗せたごはんに
いまだに強い執着を持っているらしい。

けっきょく冷凍ピラフに
目玉焼き乗せて食べた。

さいきんの冷凍ピラフって
かなりおいしいのね。
びっくりしたわ。


さて、のっぴきならない、
とゆうほどではないが
どちらかと云えば愚昧めの人生を
きょうも生きております。

あしたとゆうかきょうの朝から
バイク乗り恒例の夏の祭典
鈴鹿8耐観戦に出かけます。

観戦とゆったって
だいたいが灼熱の陽射しの下
冷えたビールを浴びるように飲み
正体を失って日陰とかに転がっている
(実話)だけだったりするので
じつはどのチームの勝敗が、とか
まったく頓着してはいない。

で、そんな折りなのだが
夜に会議が入りましてな。アット大阪。

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2005/07/26

記憶戦士ビフカツガンダム

台風一過、ところどころ斑に濃く
濡れた色を残す
二車線のまっすぐなアスファルト上を
白い半袖パーカに
膝丈のジーンズの女の子が
スーパーの袋を提げながら歩いていた。

と、後ろから群青のノースリーブと
スケーター系の短パン姿の青年が
はしゃいだように
彼女の隣りに駆けつけて
少し驚いたそぶりを見せる彼女に
肩で軽く体当たりをした。

向こうからやってきた
若い奥さんふうの女性が連れた
毛足の長い小型犬が
彼の突然のダッシュに驚いて
キャンキャンと甲高い声で咆えた。

青年は犬と飼い主に気づいて
軽く会釈をして謝意を示した。
彼女はそんな彼の頭を
自分よりも15cmは高くにある
ぼさぼさの頭を
空いていたほうの手で叩いた。


そんな風景にいっさい交わらずに
彼らの20m後方を
ちんたら歩いているのがワタクシです。

ヤマモリのトムヤムラーメンうまい。
それに乗っける具を
買いに行っておりました。

しかしもう
ラーメン食ってていい時間ではない。
困ったなああ。

ポーク味にしようかエビ味にしようか。
それが問題だ。


さて、きょうは記憶の話です。

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2005/07/20

予告編の