紺色の夕暮れのバスターミナルで
誰もが息を白く凍らせ、
肩をすくめ、それから少しうつむき加減で、
それぞれの家路へとつながる
電光掲示のオレンジ色の番号の下で
静かな列をつくっていた。
ワタクシはやはりバスへと急ぎながら、
新春の百貨店のガラス窓の向こうに
ちらと一瞬だけ彼女たちを見かけた。
知人でもない名も知らぬふたり。
ひとりはその売り場の店員で、
襟元の大きく開いた黒のスーツで、
丁寧にメイクされた笑顔で、
手馴れた様子で
商品のことを
もうひとりに説明して聞かせていた。
もうひとりは
綿の重たそうなコートに身を包み、
さっとうなじでまとめた髪に
銀縁の眼鏡で、
店員の顔などろくに見もせずに
ショーケースに視線を落として、
一心に買い物の検討を
しているふうだった。
何の売り場だったのか、
そこまでを見定めるだけの
時間はなかったし、
窓越しの彼女たちはサイレントで
唇をぱくぱくさせても
言葉は届いてこない。
ただそこに、
何の違和感も感じずに、
お互いの役割を演じる
ふたりの女性がいた。
海外小説の心理描写ふうに
一人称で書くとこんな感じだった。
あたしは店員で、あなたはお客。
だからあたしは
あなたに教えてあげてる。
今年の流行、この商品の魅力。
そして、売れ筋の傾向。
プレゼントならアドバイスもできる。
でもね、それはただの店員の言葉よ。
あまりあてにはしないで。
もうすぐ閉店だけど、この客がきょうの
あたしの最後の相手かしら。
あたしは客で、あなたは店員。
こういうものを買うのは、
恥ずかしいけれど慣れてないの。
だから教えて。
でもじつはいろいろ教えてもらうのは
あんまり好きじゃない。
それは長い口上のあとに
あ、そう、今度にするわ
って帰れない
気弱なあたしだからなんだけど。
まあ、たとえそんな客が
ひとりくらいいても
おかしくないんだけど、
そのひとりがあたしじゃイヤ。
とにかくきょうは
買って帰ることに決めてるから
気が済むまで説明をお願い。
それはお互いの予定調和の中で、
そして第三者の景色として
何の違和感も際立った印象もない
バーゲンでにぎわう
新春の百貨店によくある
ワンシーンでしかない。
だがそこによくあるシーンとして
すべてのお膳立てをととのえた
彼女たちふたりの背景には
続いてゆく生活と、
呼吸と、洗濯物とランチと、
税金と書類と、日曜日の青空と
真夜中の電話が隠されているのである。
そこにいっさいワタクシは登場しない。
ワタクシは
傍観者であり影法師であり、
ただの視点でしかない。
そこにワタクシは実体を持たない。
だが重みも質量もない
影であるワタクシは
そっとふたりを祝福するのであった。
幸あれ、と。
……とか、早く終わった仕事の帰りに
ぐるぐると考えていたら
きっと神経を病んでしまう。
いや、すでにだいぶおかしい気もするが、
まあ四六時中こうなので、
それは処置の
ほどこしようもないのかもなって思う。
バス停にたどり着いて、次のバスまでの
4分の寒さにたえる
ささやかな覚悟をする。
耐えろ、オレ。
燃えろ、体脂肪。
アルプスの高峰で見つかった
有史以前の狩人、アイスマンこと
エッツイは
もっとさぶかったに違いないのだ。
現在時刻は
バス停のLEDで示されているので、
あらためて見ることもないのだが、
早く時間が過ぎてほしい一心で、
ケータイの時計を見る。
去年の、おそろしい忙しさの
ちょい手前で、
ワタクシの腕時計が突然停まった。
あの、あっしは先に
お暇を取らせてもらいやすんで
大将は年の暮れも
がんばっておくんなせい。そいじゃあ。
とか挨拶もなく、
ま、ないのがふつうだけど、
ある朝10時35分近辺から
もうやめ、ってなってた。
困った。
困ってた。