日本の夏、幻想の夏。
唐突だがあなたにとって
夏を実感させる情景とは何だろうか?
風鈴、縁側、スイカ、花火、すだれ、そうめん、
蚊取り線香のブタ、うちわ、かき氷、
入道雲、麦わら帽子、浮き輪、浴衣……。
とまあ思いつくまま書き連ねても
このとおり苦もなく次々浮かんでくる。
映像のおしごとに携わっていて、
ふと思ったのだが、
日本は冬よりも夏にかかわる視覚に
共通の記憶の基盤が多いように思う。
風物詩、とか原風景なんていう
便利な言葉があるが、
まあそういうものを見ると
万人が夏、と認識する
昔からのものや現象や風景である。
あるいは日本人は
お盆や終戦記念日や
なんやかやのせいで
夏になるとノスタルジイに
思考を侵食されやすいのかも知れない。
ワタクシはそういう名もなき普遍的な
情景を再現しようとして、ときに
材料を揃えようと
東奔西走することがあるが、
これが、年を追うごとに
難しくなっている気がするのだ。
きょうもきょうとて、ワタクシは
冷奴を入れる木の桶を
仕事で使いたいと思い、
あちこち原付を走らせた。
が、これが。
ないのである。
ぜーんぜん見つからないんだねー。
判りますか、冷奴を
杉や松の桶に入れる映像。
これぞ旧きよき日本の夏の
ひとコマではあるまいか。
いちどそういうディテールが思い浮かぶと
追求せずにおれない不便な性格である。
いいではないか、
神は細部に宿る、と昔の偉い人も
云っていた気がするし。
そこで最初はホームセンターにゆき、
寿司桶の置いてある棚に
ちょうどいい大きさの桶を見つけたが、
それは正確には桶ではなく
おひつであった。
フタとおしゃもじがついて2,500円弱であった。
これが昔の個人商店なら
「おっちゃん、
フタとしゃもじ要らへんさかい
1,800円に負けてえや」なんていう
値切り交渉もするところだが、
ホームセンターで
そんなことをお願いするのは
弱ったクレーマーさんである。
迷った。ビミョーに値段が高い。
ちょっとジャスコも見に行こう、
と思ったのがいけなかった。
そこでもめぼしいものを見つけられず、
一路ミナミは道具屋筋まで
行ってしまった。
道具屋筋ならさすがに冷奴に
ぴったりの白木の桶が
安く見つかると思うでしょ。
「おっちゃん、1個だけなんやけど
売ってもろていい?」
「かなわんなー。商売あがったりやで」
みたいな威勢のいいやりとりの
ひとつも生まれると思うでしょ。
あにはからんや。
おませんわ、白木の桶の、
豆腐を入れるような
そんなサイズのんは。
あっても塗りが入っているか、
サイズが大きいかである。
くお~、せっかく暑い中
わざわざ来たのに、と
ほぞをかむ思いで
結局最初のホームセンターに
とんぼ返りし、
おひつを代用にと購入。
いったいおのれのこの数時間の働きを
時給に直すと、どれだけ損したか、
というなんか大手企業の
ビジネスモデルみたいな換算を
してみる気にもならない無駄足っぷり。
わざわざ記事にするほどのこともない、
と諸兄はお思いだろうが、
これが一度や二度の
経験じゃないのである。
もう、我々の記憶の中の風景を
再現することが、そうとう
難しくなっているのである。
たとえば縁側で風鈴が鳴ってて
子どもがチリチリした合繊の浴衣着て
スイカかじってて、その傍らに
ブタの蚊取り線香、という
記憶の中の夏。
これを撮影セッティングしようとすると
どうなる?
美術さん、衣装さん、小道具さんがいれば
丸投げでいいだろう。せいぜい前日に
スイカ買ってくるくらいのことである。
だが低予算であれこれ自前ね、
となると右往左往である。
縁側はどこにある?
服部緑地の日本民家集落博物館を
時間借りするしかないか、とか考える。
困るのが上記の桶の例のような
小物なんである。
おそらく問題は
ブタさんの蚊取り線香、これである。
実際に探すと
案外あっさり見つかるかも知れないが、
たぶんとっても手間だろう。
あちこちに売っているものでは
なくなっているのは確かだ。
なぜと考えるに、そんなもん
誰も使っていないのである。
だっていまはみんな虫コナーズよ。
古くてもベープとかリキッドとかよ。
時代が過ぎて、
過去は文字通り過ぎ去り、
失われたものは戻ってこない。
それはもう不可避の、
文明発祥以来不変の理であるが、
しかしふんわりとむなしい。
きょうは七夕である。
大阪のあちこちで
イベントが予定されている。
最近はアレですね、
ロウソクなんか流しちゃ
環境によくないから、
LEDを流して下流で回収するのである。
きっと織姫と彦星も近年は
スカイプとかでやりとりしてるから、
年一でオフで会うことに
あんまり盛り上がっていないのでは
あるまいか。
短冊の願いごとはもしかしたら、
日本古来のツイッターではあるまいか。
などと新聞の文化欄の
投稿のようなことを書いて、
じじむさく筆を措くのである。
あ、筆じゃありませんね。
キーボードから手を放すのである。
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コメント
案外ロフトとハンズで全部揃ったりして・・・南無
投稿: 店長 | 2010/07/08 午前 09時19分
おつかれさまです。
おっしゃるとおりですが、
ああいうところに売っているものは
1)不必要に高い
2)若者向けにアレンジされていて
ディテールがちょっと違うという
ところがある
というような可能性から
最終候補地なのです。
そしてこの買い物の後
我が身をオソロシイ異変が……。
投稿: キノタク | 2010/07/12 午前 09時43分