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2010/06/26

本当にあったら不思議な話

「あたしじたいは
そんな霊感とかないんですけど」

ごく明るい口調でHちゃんは語りはじめた。

Hちゃんは一緒の番組で
よく仕事をさせてもらっている
まだ22歳のリポーターだ。
いろいろ体を張ったロケにも
嫌な顔ひとつせず挑戦し、
期待以上のリアクションをしてくれる。
そのうえスタッフとも垣根なく気さくに
話をしてくれるというので、
仲間内でもけっこう評判がいい。

この日、我々の現場は
市内からだいぶ離れていて、
移動が2時間以上におよんだ。
変わり映えしない高速道路の景色に
飽き飽きしたメンバーは、
誰からともなく怖い話を
交互に語るようになっていた。

「これはあたしの
おばあちゃんが戦時中に
体験した話らしいんです」

彼女は運転席側のスタッフにも
聴こえるように身を乗り出しながら、
どこを見るとでもなく続けた。


当時、おばあちゃんは
まだ学校に上がる前で、
5歳とか6歳でした。
家が市内だったので
空襲とかけっこうひどかったらしくって、
毎日のように何て云うんですか、
サイレン、ああ空襲警報の、
あれが鳴ってたっていうんです。

で、お父さんはもうけっこうな歳で
兵隊には行かなくてよかったんですけど、
十歳以上歳の離れた
いちばん上のお兄ちゃんが
兵隊に徴収されちゃってて、
あとはだんだん疎開していってて、
家にはもう両親と、
自分、てのはおばあちゃんですけど、
しかいなかったらしいんですね。

戦時中だから5歳くらいだとかでも
いろいろ家の仕事を
手伝わされていたんですって。
とにかく人手が
ないじゃないですか、それで。
で、おばあちゃんの日課というのが
玄関掃除だったらしいんですね。

あたしとかだったらその歳で
掃除とかぜったいムリですけどね。

で、毎朝ホウキで玄関のはき掃除を
していたんですけど、
ある朝もいつものように
玄関に出ようとすると、
見慣れない靴が
置いてあるのに気づいたんですって。
黒い革靴が一足きちっと、
踵を家の中に向けて
行儀よく脱ぎ揃えてあるんですって。

あれこれ誰のだろうな、
お客さんなんかゆうべはなかったし、
お父さんの靴は別にあるしな、
とかちょっとだけ気になりつつも
ホウキをかけて塵を外へ掃き出すと。

で、戻ってみてみると、
さっきまでそこにあったはずの靴が
見当たらなくなっているんです。

不思議だなと思っても、
そんな一回だけのことじゃ
家族にも話さなかったそうなんです。

でもそれが翌朝もまたその次の朝も
同じように脱いで揃えてあるんですって。
で、塵を掃き出して戻ってくると
なくなっている。
まるで誰かが中からそれを履いて
毎朝出て行っているみたいに。

さすがにおかしいと思って
おばあちゃんは
お母さんに話したそうなんです。
おばあちゃんのお母さんに。
でも6歳児くらいだと
たぶん何云ってるか
はっきり判ってもらえなかったんでしょうね。
全然とりあってもらえなかったそうです。

そう、あたしみたいに意味不明な
発言ばかりしてたんです。
いやいやあたしは
6歳児よりはマシですよ。
そんなことない?

でもね、だんだん様子が
おかしくなっていくんです。
世の中の怪談の例にもれず!

だんだん靴がね、尋常じゃなく
汚れてきたんですって。
もうドロドロで、
もとの革の色が見えないくらいに
泥をかぶって、あちこちすりきれて、
靴底までは見なかったけど
たぶん減ってたと。

で、ある日の夕方
空襲警報が鳴り響いて、
みんな近所の人は
防空壕に避難したんです。
おばあちゃんは何かそのとき
風邪をひいてたかなんかで、
家で寝ていて、お母さんはたまたま
婦人の寄り合いかなんかで家にいなくて、
おばあちゃんを呼びに行くのが
遅れたんですって。

そしたら、なんか熱が出て
朦朧としてたから
そのくだりは全く
憶えていないらしいんですけど、
あとからお母さんに聞いたら、
おばあちゃんを連れ出そうと
防空壕のすぐ外に出たお母さんは、
まさに眼の前、防空壕の入り口らへんで
うずくまっている
おばあちゃんに気づいたんですって。

あれ~おかしいなー、
誰か運んでくれたのかなー。
誰か知らないけどいい人もあるもんだ、
とお母さんは感謝したらしいんですよ。

で、家はさいわい空襲の直撃を受けなくて、
戻ってきてみると、おばあちゃんが寝ていた
畳のところまで、玄関から
男の人の靴あとが、
泥まみれで残っていたらしいんです。

そんでね、また元気になったおばあちゃんが
玄関の掃き掃除をしていると、
何日か後に、またしても変化があって。

いつものように靴があるんですけど、
なぜか片っぽだけ、
右足だけになってたんですって。

あれー、この靴片方ないと
出かけるとき困るのになー、ていうか
どうやってここまで歩いてきたんだろう、
と思いながら、おばあちゃん的には
どうせお母さんは話をまともに
聞いてくれないし、というので
ふだんどおり掃除をしていたんですって。

それから一週間経ったって云ったかな、
それとも一カ月だったかな、まあとにかく
ちょっと経って、ある日を境にぷつっと
今度は右足の靴も現れなくなったんですね。


それからもう長いこと
靴のことは忘れていたんですって。

戦争が終わって、きょうだいたちも
田舎から帰ってきたけど、戦地に行った
いちばん上のお兄ちゃんだけは結局、
行方が知れないまま、
きっと戦死したんだろうと
あきらめることにしたんですって。


で、しばらくたって、
一通の手紙が届くんです。
それは戦地でのお兄ちゃんの
上官にあたる人か、同期か、
とにかく一緒の部隊で
戦っていた人からでした。

手紙にはお兄ちゃんがやっぱり戦死したと
書いてあったらしいです。

お兄ちゃんは南のほうの
戦線に送られたんですけど、
最後、爆弾か鉄砲の弾かで左脚を怪我して、
それが最終、壊死して
切り落とすところまでいって、
結局バイ菌が全身に回って、
そういうの何て云うんですか、結核じゃないし、
……結核じゃない! それは知ってます。
なんか敗血病? 
そんなのでなくなったらしいと。


それで腑に落ちたそうです。
ああ、あの靴の持ち主が誰か判ったって。

そう、黒い革靴は軍のやつだったんです。


(お風呂で思いついた話です。100%作り話です。
でもなんか哀しい話になってしまった。合掌)

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コメント

こんにちは。

陸軍の靴は茶皮だよー。
海軍陸戦隊(陸上部隊)は黒皮だけど。
このお話の場合、「兵隊は陸軍」という共通認識から
考えて、「茶色い皮靴」の方がリアリティー出るかなー。

ごめんねー、こんなんばっかで(笑)

投稿: 森男 | 2010/06/27 午前 10時38分

こんにちわ。

なるほどー。云われてみれば
そんな気もするわ。
でもそんなに一生懸命書いてないので
めんどくさいから直さない。

なんか怖い話とかいっぱい読んだから
書きたくなったの。

そういえばきのう天川村に行ったら
資料館に、大峰山中で見つかった
B29のエンジンとやらが飾ってあったよ。
でも放射線状に並んだ
シリンダーらしきものが
ただ真っ茶に錆びているだけの、
見てもぴんとこないものだった。

その横にあった木製の1/60くらいの模型が
それはもうダメすぎて、でも
このくらいの田舎ならこれでいいかって
なんかよく判らんけどあきらめた。

そんだけ。

投稿: キノタク | 2010/06/28 午前 09時49分

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